連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、2000年代に見る者を魅了し、結果も出した白い巨人。ロス・ガラクティコス(銀河系軍団)と呼ばれたレアル・マドリードを取り上げる。

指揮官の条件

スターぞろいのチームをうまく機能させたデルボスケ監督(右)。スペイン代表監督時代にはW杯とEUROで優勝を果たした(写真◎Getty Images)

 レアルを率いることは、簡単にみえて難しい。簡単そうに映るのは、手元に豪華なタレントがそろっているからだ。かつて日本代表を率いたジーコが、こんな冗談を口にしている。

「レアルの監督ならば、ベンチで寝ていればいい」

 また、2014年に亡くなるまで、長くレアルの名誉会長を務めていた伝説的名手ディステファノも、こう話したことがある。

「レアルの監督が誰だったか。それを覚えている人間など、ほとんどいないだろう。主役はいつだって選手たちだ」

 このスター至上主義こそレアルというクラブの伝統である。これに異議を申し立てる指導者には、チームを率いる資格がない。

 何かをやりたい監督にとって、もう一つ、高いハードルがある。 個々の「表現の自由」を、むやみに制限してはならないことだ。実際、レアルの攻撃には、これというパターンがない。ほぼアドリブ(即興)の連続だ。チームの強みがジダンのキープ力、フィーゴの突破力、ロナウドの決定力にあることは誰もが知っている。しかし、それらが、いつ、どこで、どのようにリンクするかは、当人たちにも分からなかった。

「わがクラブでは、戦術が個人の創造力を超えることはない」

 バルダーノの方針、いやレアルの掟と言ってもいい。それを守ったうえで、最大のテーマをクリアしなければならないのだ。

「わがクラブにとって、美しいサッカーを、魅力的なプレーをすることは、重要どころではない。それ以上のものだ」(バルダーノ)

 名将の誉れ高い指導者でも、ことレアルの監督としては長続きしない一因が、このあたりにある。ファビオ・カペッロや、ジョゼ・モウリーニョなどが、そうだ。

 どちらも「勝たせる手腕」において卓越していたが、それだけでは十分ではないわけである。しかし、99年からチームを率いた指揮官デルボスケは、この難しい仕事を見事にやってのけた。

 手元にあるスターを1人残らず使いきり、自由を存分に与えて、なおかつ美しく勝つ。そのために必要なことは何か、デルボスケは、よく知っていた。

 一方に大きく針が振れた攻守のバランスを、ぎりぎりのところで保つこと。仕上げの成否は、その一点にかかっていた。

マケレレという命綱

攻撃偏重の銀河系軍団を支えたのがMFマケレレの圧倒的な守備能力だった(写真◎Getty Images)

 1人の傑出したスターに依存する戦い方を「スターシステム」と呼ぶ。だが、レアルではそれさえなじまない。アタック陣に限ればオールスターキャストなのだ。ロナウド、ジダン、フィーゴという3人のバロンドール受賞者に加えて、バンディエラ(旗頭)のラウルまでいる。いずれも攻撃に特化したスペシャリストだ。

 攻めに回れば強い。だが、守りに回れば隙だらけである。豪華なアタック陣も、守備の局面では、ほぼ役に立たないからだ。守りに加わるのも、せいぜい、ラウルくらい。実質、後ろの6人で守っていたようなものだ。すでに全員攻撃・全員守備が建前ではなくなりつつあった時代である。これほど攻守のバランスがいびつなチームも珍しかった。

 基本システムは4-4-2ながらも、試合中にこの表記通りになっていた試しがない。それくらいアタック陣のポジションが、いや各々の動き方が自由だった。

 攻守に加え、陣形もアンバランスだったわけだ。そうかと言って前線のタレント群を強引にシステムの枠組みに押し込むわけにもいかない。肝心の自由を取り上げることになるからだ。

 そもそも自由に動き回ることで力を発揮するジダンを、システムに組み込めるはずもない。彼らを「在りのまま」使いつつ、解決策を探るしかなかった。

 そこで大きな役割を果たしたのが、ボランチのマケレレである。当初はフラビオ・コンセイソンの控えと目されていたが、デルボスケの見立ては違った。このマケレレこそ、いつ崩壊しても不思議のない攻守のバランスをつなぎ止める『銀河系軍団』の命綱だった。例のジダネスが攻撃の自由人なら、マケレレは守備の自由人だった。

 敵のボールあるところに、この人(マケレレ)あり――である。敵のカウンターをまともに食らいそうな場面になると、必ずこの男が現れた。真っ先に球の出どころをつぶし、中盤の至るところに生じた穴(スペース)を、おいそれとは使わせなかった。

 圧巻はレアルの急所とも言うべき左サイドのカバーだ。本来、そこにいるはずのジダンはほぼ中央に居座り、後ろからサイドバックのロベルト・カルロスが攻め上がるため、後ろにも大きなスペースが広がっている。

 攻めが止まれば、レアルの左サイドは常にガラ空きなのだ。そこにマケレレが立ちはだかり、危険な芽を摘んでいく。実質、2人分のカバーに奔走していた。

 そんな芸当をやってのける選手は、ほかにいない。デルボスケが重用したのも当然だろう。言わば「守りのジダン」だった。

 あちら(攻撃)を立てれば、こちら(守備)が立たず――。そうした二律背反の罠を回避できたのも、懸命にこちら(守備)を立てるマケレレがいたからだ。

 デルボスケもチームメイトも、その値打ちを十分に理解していたが、フロントだけが違った。皮肉にも、スターの一人にカウントされていないマケレレの放出を境にして、華麗なる一団は坂を転げ落ちていくことになる。