連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人、試合を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、1970年代後期から80年代にかけてヨーロッパのクラブシーンを席巻した『最強リバプール』だ。

上写真=1982年のリーグカップ優勝時のもの。後列左からダルグリッシュ、ローレンソン、サミー・リー、ラッシュ、グロベラー、ハンセン、マクダーモット、トンプンソン、前列左からウェラン、ジョンソン、スーネス、ケネディ、ニール(写真◎Getty Images)

文◎北條 聡 写真◎Getty Images

ウイングレス・ワンダー

 キック・アンド・ラッシュも、いまは昔――。現代のイングランドでは、スタイリッシュなフットボールが展開されている。
 もっとも、英国式フットボールのDNA(遺伝子)は、したたかに現代のチームにも受け継がれてきた。その源流をたどっていくと一つのクラブに突き当たる。

 英国きっての名門リバプールである。

 名高い黄金期が1970年代の後半から1980年代の前半にかけて。イングランドはもとより、ヨーロッパのクラブシーンの頂点に君臨している。
 その偉大なチームには、現代のフットボールに脈打つ、興味深いファクターが詰まっていた。ある意味、英国式フットボールによる一つの理想形だった。

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 イングランドの定番と言えば、4-4-2。それをタイトル名にしたサッカー専門誌(フォー・フォー・トゥー)もあるほどだ。
 現代においても広く重用されるシステムの起源は、1966年に自国開催のワールドカップを制したイングランド代表にある。実際に2トップで戦っていた。

『ウイングレス・ワンダー』

 当時のメディアは、この新システムを「翼なき驚き」と書き立てている。もっとも、右のアラン・ボールと左のマーチン・ピータースは、守備にも深くコミットする現代的なワーキング・ウインガーに近い役回りを演じていた。

 残る2人のMFは、伝説の名手ボビー・チャールトンと、エース殺しのノビー・スタイルズ。前者はトップ下、後者は守備的MFに近い。現代風の記号に置き換えると、その実は4-1-3-2システムと言ってもいい。

 中盤の4人がフラットに並んだ4-4-2とは、微妙に違っている。名高い4-4-2フラットが定着するのは1970年代に入ってから。その代表格が『レッズ』ことリバプールだった。

 当時、世界の主流となっていたシステムは4-3-3。つまり、イングランド勢は独自路線を歩んでいたことになる。いかにも保守的なイングランドらしい。

 リバプールのシステムにおいて興味深いのは中盤における左右の担い手だ。ウインガーではなく、オーソドックスなMFを配している。これこそ「ウイングレス・ワンダー」の本家というわけだ。
 黄金期のリバプールは一貫してこの「ウイングレス・システム」を使っている。その裏には、独自の戦法を機能させる、興味深いメカニズムがあった。

パス・アンド・ムーブ

「サッカーとは『生か死か』ではない。それ以上のものだ」

 リバプールの礎を築いた伝説の指導者ビル・シャンクリーの名言だ。スパイク置き場から戦略室に改造された「ブーツルーム」も、全身が炎のように真っ赤に染まる「オールレッズ」のユニフォームも、ピッチへ入場する際にタッチするゲン担ぎのボードも、この人の発案と言ってもいい。

 いまもクラブに脈打つレッズ・カルチャーの産みの親だ。種を蒔いたのがシャンクリーなら、それを大きく育て、花開かせたのが、コーチとして長くシャンクリーに仕えたボブ・ペイズリーだ。
 シャンクリーの勇退に伴い、ペイズリーが監督のバトンを受けたのが1974年。そこから、リバプールの黄金期が幕を開ける。

 戦術面で目を引くのはキック・アンド・ラッシュとは似ても似つかないパス・アンド・ムーブだ。『スコティッシュ・スタイル』と言い換えてもいい。

 あのシャンクリーの故郷でもあるスコットランドは、パスゲームの父だ。ロングボール戦法のイングランドに対し、ショートパスをつないで攻め込む、独自の戦法を編み出している。

 ちなみに、黄金期のリバプールで3ライン(FW、MF、DF)の柱となったのがスコットランド人。ケニー・ダルグリッシュ、グレアム・スーネス、アラン・ハンセンの3人だ。偶然か必然か、その点においても興味深い。

 リバプール式のパス・アンド・ムーブを特徴づけるのは、高速で展開される、前後のパス交換だ。二歩進んで一歩下がり、再び二歩進む。前方に打つ縦パスと後方へ落とすバックパスを連続させながら、素早く攻め込んでいった。

 最大の妙味は前後のパス交換に絡む「3人目の動き」にあった。チーム全体が効率よく球を運べたのも、パス交換の間に前方のスペースへ飛び出し、味方の縦パスを引き出す存在があったからだ。ある意味、パスよりも「ムーブ」の方に強みと独自性があった。

 その「3人目」の飛び出す先が敵のサイドバックの背後。そこで『かりそめのウイング』へ転じるわけだ。主として2トップの一角と2人のセンターハーフが、その役回りを担っていた。

 その際、左右のMFは対面のサイドバックを足止めするオトリとして機能している。これで、敵(サイドバック)の背後に格好のスペースが生まれるわけだ。

 リバプールが「ウイングレス」でも戦えるからくりが、ここにある。独特のパス・アンド・ムーブは、あらかじめ準備されたように機械的で、淀みがなかった。