連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、2010年のワールドカップで異端のサッカーを披露し、世界のファンを驚かせたチリ代表だ。

オシムの賛辞

ブラジルのロビーニョと競り合うイスラ(写真◎Getty Images)

 国民を熱狂させたチリの冒険はしかし、ベスト8を前に終わりを告げる。0-3。決勝トーナメント1回戦で、大国ブラジルに完敗を喫した。

「我々はベスト16に値したが、ここで敗れても仕方がない。ブラジルとは、歴然たる差があった。まだ若いチームだ。これから経験を積めば、進化できる」

 試合後、ビエルサは素直に負けを認めた。ボール支配率は50%、シュート数でもブラジルの17本に2本足りないだけである。
 チリに足りなかったのは、まさにビエルサの言う経験値だった。攻撃では判断ミスで好機をフイにし、守備では相手の巧妙なカウンターアタックを浴び続けた。

 いわゆる、位負け。そう言ってもいい。ただ、戦いの構図は過去のそれとは、まるで違っている。弱者戦略(堅守速攻)に徹したのは、王国ブラジルの方だった。

 魅せるブラジルから、勝てるブラジルへ。王国はとうの昔に勝って魅せるフチボウ・アルチ(芸術的なフットボール)を手放している。残念ながら、南ア大会のチリに強者のリアリズムを打ち砕くだけの余白はなかった。

 それでも、チリ式トータルフットボールに強い感銘を受けた専門家は少なくない。かつて日本代表も率いた智将イビチャ・オシムもその一人だ。

「若く、新しいチリは、私に強い感銘とインパクトを与えた。彼らは近未来のフットボールの、ひとつの方向性を示す存在だった」

 オシムは、自著『恐れるな!』(角川文庫)の中で、そう述べている。大国のようなクオリティーを持たないが、規律と組織力、そして勇気が、本来のキャパシティを超える集団を生み落としたという。とりわけ「小国の生きる道」を指し示したと言っていい。

 他者がこぞって追うトレンドや手垢のついた世界標準にはあえて背を向け、独自路線を突き進む。ガラパゴスに陥る危険と隣り合わせの試みにこそ、ブレイクスルーがある――。異端のチリが、それを教えている。

「奇抜なアイディアを思いつく者は、それが成功へと結びつくまで常に変人である」

 いかにも、ビエルサらしい名言だ。何よりもまず、変人のアイディアに賭ける勇気を――。世界を驚かせる巨大なインパクトの引き金は、そこにあった。

著者プロフィール◎ほうじょう・さとし/1968年生まれ。Jリーグが始まった93年にサッカーマガジン編集部入り。日韓W杯時の日本代表担当で、2004年にワールドサッカーマガジン編集長、08年から週刊サッカーマガジン編集長となる。13年にフリーとなり、以来、メディアを問わずサッカージャナリストとして活躍中。