この連載では、全国高校サッカー選手権に出場し、その後Jリーガーとなった選手を当時のお宝写真とともに紹介していく。第3回は、第69回~71回大会編。この世代は粒ぞろいで、監督としてアジア王者になった者もいれば、Jクラブの社長や会長を務める者もいる。

上写真=左から望月重良、野々村芳和、松波正信(写真◎サッカーマガジン)

第69回大会は52校が出場

 第69回大会が開かれた90年度は、11月にインドネシアでアジアユース選手権が開催された。同大会には名波浩、大岩剛(清水商業・静岡)、上野良治(武南・埼玉)、仲村浩二(習志野・千葉)、上村崇志(国見・長崎)らが出場し、彼らが在籍する4チームは特例として予選が免除され、その4県からは2校が出場することに。静岡は清水商業が推薦校となり、代表校の座は野々村芳和が率いる清水東がつかんだ。

 なお、この年の清水商業は名波、大岩を筆頭に、山田隆裕、薩川了洋、望月重良ら多くのタレントをそろえ、夏のインターハイと高円宮杯で2冠を達成。選手権でも優勝候補の最右翼と目されたが、3回戦で大宮東(埼玉)にPK戦の末に敗れ、涙をのんだ。その後ベスト4には九州勢が3校進出し、史上初となった九州勢同士の決勝は、鹿児島実業(鹿児島)を下した国見に軍配が上った。

 第70回大会(91年度)は、レフティーモンスターの異名をとった小倉隆史の四日市中央工業(三重)と、2年生エースの松波正信を擁する帝京(東京)がファイナリストに。両エースが互いに意地と意地をぶつけ合った決勝は、延長戦でも決着がつかず、両校優勝で幕を閉じた。ちなみに、この大会に出場した3年生、1973年生まれはアトランタ五輪世代の最年長にあたる。鹿児島実業の前園真聖は自身3度目の選手権に出場し、清水商業戦で1年生GKの川口能活から2ゴールを奪っている。

 波乱の展開となった第71回大会(92年度)は、優勝候補の桐蔭学園(神奈川)、前年度王者の帝京が早々に姿を消す中、三浦淳寛、永井篤志らの国見が過去7年間で4度目の決勝に進出。決勝では、石塚啓次を擁する山城(京都)を2-0で下し、3度目の優勝を飾った。そのほか、同大会からは室井市衛(武南)、山田卓也、廣長優志、森岡隆三(桐蔭学園)、徳重隆明(れいめい・沖縄)らがJリーガーとなった。

◆名波浩

画像: 名波浩(清水商業高校)

名波浩(清水商業高校)

画像: ジュビロ磐田時代(1995-99,2000-06,08)/写真◎J.LEAGUE

ジュビロ磐田時代(1995-99,2000-06,08)/写真◎J.LEAGUE

名波浩(ななみ・ひろし)◎1972年11月28日生まれ、清水商業高校。第67、69回(88、90年度)選手権に出場。「清水商史上最強」と呼ばれたチームの司令塔。左足で幾多のチャンスを生み出し、自由自在にゲームを操った。順天堂を経て95年にジュビロ磐田に加入し、チームの黄金期を築く。現役引退後、監督として磐田に戻り、昨季途中まで6年間にわたって指揮を執った

◆大岩剛

画像: 大岩剛(清水商業高校)

大岩剛(清水商業高校)

画像: 鹿島アントラーズ時代(2003-10)/写真◎J.LEAGUE

鹿島アントラーズ時代(2003-10)/写真◎J.LEAGUE

大岩剛(おおいわ・ごう)◎1972年6月23日生まれ、清水商業高校。第67、69回(88、90年度)選手権に出場。鋭い読みで相手の攻撃の芽を摘むだけでなく、持ち前の運動能力を生かした大胆な攻め上がりも光った。Jリーグでは名古屋グランパスエイト、ジュビロ磐田、鹿島アントラーズでプレー。引退後は指導者となり、鹿島の監督として2018年にAFCチャンピオンズリーグを制した

◆野々村芳和

画像: 野々村芳和(清水東高校)

野々村芳和(清水東高校)

画像: コンサドーレ札幌時代(2000-01)/写真◎J.LEAGUE

コンサドーレ札幌時代(2000-01)/写真◎J.LEAGUE

野々村芳和(ののむら・よしかづ)◎1972年5月8日生まれ、清水東高校。。第68、69回(89、90年度)選手権に出場。センスあふれるプレーで攻撃の中心に。全国での上位進出はならなかったが、3年時には主将としてもチームを引っ張り、2年連続出場に導く。2001年に現役を引退したのち、テレビ解説者としての活動を経て、13年に古巣であるコンサドーレ札幌の代表取締役社長に就任した

◆小倉隆史

画像: 小倉隆史(四日市中央工業高校)

小倉隆史(四日市中央工業高校)

画像: 名古屋グランパスエイト時代(1993,94-99)/写真◎J.LEAGUE

名古屋グランパスエイト時代(1993,94-99)/写真◎J.LEAGUE

小倉隆史(おぐら・たかふみ)◎1973年7月6日生まれ、四日市中央工業高校。第68、69、70回(89、90、91年度)選手権に出場。左足から繰り出す強烈なシュートに加えて、柔軟なボールコントロールも併せ持ち、豊かな将来性で話題をさらったストライカー。期待に応えた3年時は帝京との同時優勝ながらも、悲願の初優勝に大きく貢献した

◆松波正信

画像: 松波正信(帝京高校)

松波正信(帝京高校)

画像: ガンバ大阪(1993-2005)/写真◎J.LEAGUE

ガンバ大阪(1993-2005)/写真◎J.LEAGUE

松波正信(まつなみ・まさのぶ)◎1974年11月21日生まれ、帝京高校。第69、70、71回(90、91、92年度)選手権に出場。多彩なパターンで得点を決めた絶対エース。2年時には前評判の低かったチームを引っ張り、決勝でも2得点を決めて四日市中央工と同時優勝を果たす。Jリーグが開幕した1993年にガンバ大阪に加入し、2005年のリーグ優勝を置き土産に現役引退。現在はG大阪の強化アカデミー部長を務める

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