連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、イングランドで長期政権を築いたフランス指揮官が、創り上げたアーセナルだ。その魅力に迫る。

上写真=ベンゲル監督によってコンバートされ、点取り屋として才能を開花させたアンリ(写真左◎Getty Images)

文◎北條 聡 写真Getty Images

アーセンとは誰だ?

 イングランドの強豪アーセナルの指揮官が、ついにクラブを離れたのは、2018年夏。アーセン・ベンゲル。日本人にもなじみ深いフランスの智将の退任は、まるで一つの時代が終わったかのようだった。

 ガナーズ(アーセナルの愛称)を率いたシーズンは実に「22」を数える。その間、ベンゲルは数々の傑作を世に送り出した。肉弾戦が常態化するイングランドに美しく華麗なフットボールを持ち込み、ガナーズの「退屈」なイメージを一新。世界に2つとない独特のパス・アンド・ムーブを看板にファンを魅了し続けた。

 始まりは1996年10月だった。ベンゲルがアーセナルの新監督に就任する。もっとも、ロンドンでは無名に近い存在だった。事実、地元メディアは「いったい、どこのアーセンだ?」と書き立てている。まだ外国人の監督が珍しかった時代。しかも無名となれば、クラブの監督人事に疑念を抱くのも当然だったか。

 もっとも、実績がなかったわけではない。モナコ(フランス)では7シーズンにわたる長期政権を築き、就任1年目にはリーグ優勝も果たしている。さらにはチャンピオンズリーグ(CL)でベスト4に導いたシーズンもあった。

 知る人ぞ知る、名将だったと言っていい。ただ、保守的な(?)イングランド人に言わせれば「そんなの、知るか」である。当然、ファンからも歓迎されたわけではない。それでもベンゲルは、瞬く間にガナーズを自分の色に染め上げていく。

 就任1年目は3位。2年目にはリーグとFAカップの2冠を手にする。イギリス人以外の監督としては初のリーグ制覇だった。ここから名将アレックス・ファーガソン率いるマンチェスター・ユナイテッドとの2強時代が幕を開ける。就任6年目の2001−2002シーズンには再びダブル(2冠)を達成。そして、歴史的なシーズンがやって来るのは、その2年後だった。

未来のスターの集合体

 最終成績は、26勝12分け――。ガナーズは、ただの一度も負けずにリーグ戦を駆け抜けた。シーズン無敗優勝である。イングランドではプレストン・ノースエンド以来、実に105年ぶりの快挙だった。

 もっとも、シーズン前から本命視されていたわけではない。戦力的な上積みがほとんどなかったからだ。新しいスタジアム(現在のエミレーツ・スタジアム)の建設費に資金を回すため、大型補強が意図的に見送られている。

 いかにも倹約家のベンゲルらしい。それでも、十分に勝てるだけの戦力が整ってもいた。手塩にかけて育てたタレント群が、着実に力をつけていたからである。MVPと得点王の2冠を手にしたアンリをはじめ、主力の大半がアーセナルにやってきてワールドクラスに「格上げ」された選手たちだ。ベンゲルとの出会いで自らの才能を開花させている。

 ベルカンプもアンリもビエラも、アーセナルに来る直前のクラブではベンチでくすぶっていた。1つ間違えれば、そのまま埋もれていたかもしれない。思えば、モナコを率いた時代のベンゲルも、やがて『リベリアの怪人』と呼ばれる若き日のウエアや、のちにフランス代表の中核を担うジョルカエフらの潜在能力を十全に引き出している。まさしく慧眼の士でもあった。

 既存のスターではなく、10年後のスターを探せ――。

 それが、ベンゲルの考え(補強戦略)だった。クラブのスカウト陣は「ダイヤの原石」に的を絞って発掘に奔走し、それを安価で手に入れる道を選択している。

 一方、30歳を越えた選手たちは単年契約に切り換え、新陳代謝を促し、世代交代を押し進めることも忘れなかった。それも長期政権を築くことができた一因だろう。

 ともあれ、シーズン無敗優勝という金字塔を打ち立てたチームは豊富な資金力ではなく、卓越した育成力によって、形づくられていた。ある意味、せっせと育ててきた作物(タレント群)の収穫期を迎えていたとも言える。


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