連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人、試合を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、2005-08のASローマだ。革新的なスタイルを採用し、2000年代中期にカルチョを席巻したクラブについて綴る。

上写真=革新的なスタイルはこの人、トッティがいればこそ成立した(写真◎Getty Images)

文◎北條 聡 写真◎Getty Images

逆転のゼロトップ

 必要は発明の母だった。

 どうやら人間は、大事なものが足りないときほど、独創的なアイディアを思いつくらしい。
 ピンチこそチャンス――。しばしば耳にする逆説は、人が創造力のスイッチを入れる仕組みを言い当てたものだろう。

 そして、彼らの快進撃もまた、悩める指揮官が創造力の引き金に手をかけたところから始まることになった。イタリア・セリエAの強豪ローマのことだ。

 開幕から波に乗れず、迷路にはまりかけていたチームが、たった1つのアイディアによって生まれ変わる。4-6-0。いわゆる、『ゼロトップ』であった。

          ◎

 ベンチで何度も物思いに耽る姿は、まるでロダンの『考える人』だった。
 ルチアーノ・スパレッティだ。2005年夏、ローマの新監督に就任。前のシーズン、8位に終わったチームの立て直しを託されての船出である。
 
 スキンヘッドがトレードマークの指揮官は大いなる野望をもって仕事に取りかかった。だが、その本気度を試すかのように、次々と難題がふりかかる。

 就任早々、同じセリエAのウディネーゼを率いた時代に成功を収めていた3-4-3システムの導入を断念。さらに、天才だが札付きのワルでもあるカッサーノの扱いに頭を抱え、チームの和を保つだけでも一苦労だった。

 そこにケガ人続出のアクシデントが重なったのだから、たまらない。しかも、1トップを担うモンテッラと、その控えに回るノンダが、相次いで長期離脱に追い込まれる緊急事態。ベストの陣容すら組めなくなったわけだ。

 一時はチームの成績が14位まで落ち込み、解任の噂も流れはじめる。好転の兆しも見えてこない。そんな状況の中、指揮官の頭に思いがけない一手が浮かび上がる。

 4-6-0。

 いかにも、イタリア屈指の戦術家らしい「逆転の発想」から生まれたものだった。

トッティという「木馬」

画像: 2006-2007シーズンのローマの面々。写真はCLのオリンピアコス戦の先発メンバー(写真◎Getty Images)

2006-2007シーズンのローマの面々。写真はCLのオリンピアコス戦の先発メンバー(写真◎Getty Images)

 誰もいなくなった最前線の扱いをどうするか。

 まずもって、解決すべき問題がこれだった。スパレッティは熟慮の末、チーム随一の大駒をトップの位置にもってくる。

 それが『ローマの王子』こと、フランチェスコ・トッティだ。

 本来のポジションは、メッツァプンタ。イタリア語で攻撃的MFの意味だ。また、日本語のトップ下に近いニュアンスなら、トレクアルティスタ(4分の3の意味)という言い方もある。
 4-3-3システムの使い手として名高いズデネク・ゼーマンが指揮を執っていた若手時代には、左ウイングとして活躍している。だが、これまでに1トップで使われたケースはない。
 大胆な賭けだった。

 ところが、スパレッティの試みた窮余の一策が、ローマを瞬く間に上昇気流へ乗せることになる。12月下旬の17節から、翌年2月下旬の27節にかけて、セリエA記録の11連勝。破竹の快進撃で、一気に4位まで浮上した。

 キーパーソンは、まぎれもなくトッティだった。

 ローマの新システムは、のちに『ゼロトップ』と呼ばれることになる。だが、トップの椅子が常に「空席」だったわけではない。
 むしろ、トッティが最前線からアクションを起こすところに妙味があった。トップが「いる」ことに意味があったわけだ。

 最前線から落ちて、味方の球を引き出すトッティに敵の守備者が食いついたところで、一気に背後のスペースを突く。味方が次々とトッティを追い越し、ゴール前へなだれ込んだのである。
 敵陣の最も深い位置に捨て置かれたトッティは、専門用語でいうデコイ(おとり)の役回り。言わば、巧妙に仕組まれた『トロイの木馬』だった。

 相手ディフェンスの圧力に負けない体の強さは、トッティの強みの一つ。加えて、ポストワークからラストパスへと至るプロセスを一気に省略する、特殊能力を持っていた。

 戦慄のダイレクトパスだ。

 横から、または斜め後方から入ってくる球を、ワンタッチで相手ディフェンスの背後へ飛ばす。しかも、寸分の狂いもなく、味方の走り込む先へ落ちるのだ。

 まさしく電光石火。一瞬にして決定機をつくりだす。イタリアでも右に出る者がいないカウンターアタックの申し子だった。
 自ら敵の最終ラインを前のめりにさせることで、一撃必殺の特殊能力がさらに際立つことになったと言っていい。こうして苦肉の策が、スペクタクルの源泉へと生まれ変わった。

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