U-24日本代表はあす3日にU-24スペイン代表と準決勝を戦う。相手は強豪国に違いないが、長年、東京オリンピック世代の選手たちを現場で取材してきた川端暁彦氏によれば、現在のチームには名前負けするような選手はいないという。コラム『五輪のツボ』の第5回は、日本サッカーの成長とスペイン戦の意義について綴る。

上写真=NZ戦でPKを決め、絶叫する板倉滉(写真◎Getty Images)

文◎川端暁彦

どんな相手にも同じ目線で戦える

 1990年代半ばから始まった日本サッカーの「高度成長期」はスペインのブレイクスルーとも時期を同じくしている。若い世代にこの話をすると、「え?」みたいなリアクションになるのだが、20世紀におけるスペイン代表というのは、そんなに強くなかったのである。

 95年のワールドユースで日本が初めて自力出場を果たした際には、中田英寿のいたチームはラウール擁するスペインと熱戦を展開しているし、快進撃を見せて史上初めての決勝進出を果たした99年のワールドユースでは決勝で対戦。黄金世代と呼ばれたチームは、しかしシャビという魔法使いがいた相手に0-4の完敗を喫した。

 2000年のシドニー五輪、当時“史上最強”と謳われたチームはメダルを期待されたものの、準々決勝で苦杯。その大会で準優勝しているのは、オーバーエイジ枠を使わない編成にもかかわらず、圧倒的な質の高さを見せ続けたプジョルやシャビのいたスペインだった。

 その後、グアルディオラ率いるバルセロナの革命的なサッカーが、日本のサッカー関係者に多大な影響を与えたことは今さら説明するまでもない。若い世代に「好きな代表チーム」でアンケートを採れば、スペインは上位に来るだろう。これは、私のような老人たちが子どもだった時代によっては考えられなかったことでもある。

 逆に言えば、サッカーにおける「サッカーの強い国」というのは移り変わっていくという話でもある。日本サッカー協会は2050年のワールドカップ優勝という目標を立てているが、その過程にある2020年の東京五輪については「金メダル」という中間目標も立てていた。

 それはもちろん、五輪がサッカーにおける最高峰の大会ではないことを分かった上での目標設定だったわけで、別に「取れたらいいなあ」の夢物語として打ち出していたわけではない。中田英寿を切っ掛けとして大きく進展した日本人選手の欧州挑戦は、積み重ねた経験値を次代が引き継ぐ形で発展させ、欧州でプレーするのが「当たり前」の時代を到来させている。

 東京五輪に臨んだ代表チームも主力の過半が欧州組というラインナップで、「どんな国が相手であっても、同じ目線で戦えるチーム」(森保一監督)になった。DF板倉滉が「いつも色々な国の選手とやっているんで」とサラリと言っていたが、そうして個々の選手が積み上げた下地が、チームの精神的な土台にもなっている。

 メダルマッチとなる準決勝。4強にそろったのは、グループステージ終了時点の反町康治技術委員長の言葉を借りれば、「しっかり準備して、(メンバーを)そろえてきたチームが勝っている」という傾向通りの4強である。スペシャリティを備えたチームばかりだ。

 日本が次代における「サッカーの強い国」になっていけるかどうか。「ここで勝てばなれる!」なんて妄言を吐く気は毛頭ないのだが、大事な一歩は踏み出せる。

「地元開催の五輪は、テレビを通じて子どもたちがリアルタイムで観てくれている舞台」と強調したのは反町康治技術委員長である。ここで起こすムーブメントは、明日の校庭でボールを蹴り出す子どもを増やし、その目的意識を密かに変えていく。それは確かに、「強い国」になるための礎となる。

著者プロフィール◎かわばた・あきひこ/2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画、のちに編集長を務めた。2013年8月をもって野に下る。著書『2050年W杯優勝プラン』(ソルメディア)ほか