9月10日のJリーグYBCルヴァンカップ準々決勝第2戦で、横浜F・マリノスは北海道コンサドーレ札幌を3-0で下し、2試合合計5-3でベスト4進出を決めた。その先発メンバーでイレギュラーだったのが、喜田拓也のセンターバック起用。ピンチをチャンスに変えたキャプテンの思いとは。

上写真=喜田拓也は突然のコンバートにも、安定した守備でクリーンシートに貢献した(写真◎J.LEAGUE)

■2023年9月10日 JリーグYBCルヴァンカップ準々決勝第2戦(@ニッパツ/観衆10,423人)
横浜FM 3-0 札幌
得点:(横)水沼宏太、アンデルソン・ロペス、ナム・テヒ
※2試合合計5-3で横浜FMが準決勝進出

「スピリットを見せる責任を果たす」

 ニッパツ三ツ沢球技場のピッチにトリコロールの選手たちが散って初めて、本当なんだと分かった。喜田拓也がセンターバックの右に立っている。

 本来ならば、もう一列前のボランチ。4日前の準々決勝第1戦では2-3で敗れていて、ベスト4進出には2点差以上の勝利が必要なゲームで、驚きのコンバートだった。

「急きょ、という形で、もう本当に直前に聞いたので準備する時間もなくて、やるしかないなと」

 当の本人も驚きだった。このポジションに負傷者が続き、引き分け以下では終わってしまうカップ戦の重要な局面での通達にも、黒いキャプテンマークを左腕に巻いた背番号8が怯むわけはない。

「いつも言っていますけど、僕はチームのためになりたいので。ジタバタすることなく、自分のような選手がどっしり構えることで、チームを動揺させないことは意識していました」

 果たして、札幌の攻撃を見事にシャットアウト、3-0の勝利をもぎ取って準決勝進出を決めたわけだ。「死ぬ気で守ると宣言していた」覚悟が、ピンチをチャンスに変えた。

「喜田にはできるという自信がありましたよ」と話したのは、託したケヴィン・マスカット監督である。揺るぎない根拠があった。

「センターバックという役割を十分こなせる選手です。本来はボランチの選手で、前にも後ろにも視野を広く持たなければならないけれど、センターバックはボールをもらったときには前を向いていることが多いので、その点ではやりやすさは出るので心配はなかった」

 そしてもちろん、喜田だけが特別なわけではない、とも。

「彼だけではなく、チーム一丸となって、ゴール前でも中盤でも全員が一人ひとり関わるのが私たちの守り方ですから」

 指揮官の信を受けてピッチに飛び出した喜田はまず、技術的・戦術的に神経を研ぎ澄ませた。

「特に、コンビを組むエドゥ(エドゥアルド)と話して、リスク管理のところと、相手のコンビネーションを非常に注意深く見ていました。クロスも多いチームですしね」

 攻撃になると最前線に5人が立ち並ぶのが札幌のストロングポイントだ。サイドからの突破とクロス、中央では推進力を生かして前後にローテーションするコンビネーションでゴールに襲いかかってくる。その対応策を練っていった。

 でも、ただ守るだけでは物足りない。

「あとは、ボールを持ち運んだりしてビルドアップのところでも貢献したいと思ってたので、そこは話して入りました」

 右センターバックが少し持ち運ぶことで相手を釣り出せば、札幌が仕掛けてくるマンツーマンマークにズレを誘うことができる。

 体を張って、仲間を動かし、攻めにも絡んで、見事にクリーンシートを達成した。ただ、喜田には、そうした技術や戦術のこととは別の思いもあった。

「チーム状況も相まって、 このタイミングで(コンバートされる)、というのは、自分がマリノスのスピリットを見せる責任を果たすには、いいタイミングなんじゃないかと思ったんです。みんなの背中を押したかったし、どんどんどんどん、アグレッシブに、勇気を持って前に行かせたかったので、そういう面では、みんなよく体現できていたんじゃないかなと思います」

 8月25日のJ1第25節で横浜FCとのダービーに1-4で大敗し、9月2日の第26節では柏レイソルにも0-2で完封負け。6日のルヴァンカップ準々決勝第1戦でも終了間際に決勝点を決められて2-3で敗れた。公式戦3連敗中で、J1では首位を明け渡し、ルヴァンカップは敗退の危機にさらされていた。

 そのタイミングで降ってわいた異例のコンバート。でもそれは、運任せの「賭け」ではなく、自分次第で運命を変えることのできるビッグチャンスだととらえた。

 J1では勝ち点2差の2位につけ、首位のヴィッセル神戸との直接対決も9月29日に控えている。ルヴァンカップも4強入りを果たして浦和レッズと決勝進出を争う。AFCチャンピオンズリーグのグループステージもホーム・アンド・アウェーで始まる。本当にタフになるのは、ここからだ。

「CB喜田拓也」は、その荒波を乗り越えていくための啓示だったのかもしれない。