2003年にJリーグ、ジェフユナイテッド市原の監督に就任したイビチャ・オシム氏に国内メディアとして最初にインタビューする幸運に恵まれた筆者が、「オシムさん」の偉大な足跡と、取材を通して触れたサッカー観について綴る。

上写真=2003年にジェフユナイテッド千葉の監督に就任したイビチャ・オシム氏(写真◎J.LEAGUE)

文◎国吉好弘

私の考え方にはクライフと同じものがある

 1日深夜、イビチャ・オシムさんの訃報を聞いた。つい先日、日ごろからオシムさんに直接電話をしているジャーナリストの田村修一さんに近況を聞き、少し言葉にはっきりしないところがあるものの普通に話をしていることを聞いたばかりなので驚いた。

 またこの日、町田でのJ2の試合で、著書「オシムの言葉」でその存在をサッカー界ばかりでなく、一般に広めた木村元彦さんに数年ぶりに会い旧交を温めたばかりで、虫が知らせたということなのだろうか。

 1990年のイタリア・ワールドカップではユーゴスラビアの試合を数試合取材した。語り継がれるスペイン戦(決勝トーナメント1回戦、2-1延長勝利)、アルゼンチン戦(準々決勝、0-0。PK3-4敗退)も現地で見て強い印象を受けていた。日本でもプレーしたドラガン・ストイコビッチをはじめ、サフェト・スシッチ、デヤン・サビチェビッチ、ロベルト・プロシネツキら素晴らしい選手が多くいた。オシム監督の作り上げたチームは技術レベルが高く、チームとして一体となっており、アルゼンチンにPK戦で敗れベスト4を逃したたときはがっかりしたものだ。

 そのオシム監督がJリーグのジェフユナイテッド市原(現市原・千葉)の監督に就任した。2003年のことで、トルコでのキャンプを経て来日した際に、当時の広報担当の話では外部のメディアでは一番最初にインタビューをさせてもらった。そこで驚くべきことを聞いた。ユーゴスラビア代表チームは90年ワールドカップの初戦、西ドイツとの試合で1-4で敗れたのだが、その試合には「わざと負けた」と言うのだ。

 当時のインタビュー(サッカーマガジン/2003年3月19日号)にはこうある。「西ドイツ戦では、私は走れる選手を使おうと思っていたが、メディアがタレントを使うことを求めていたので、このメンバーでは戦えないことをメディアに分からせるためにわざとやった。大事なことはグループを突破することであって、西ドイツに勝つことではなかったからだ。スシッチ、ストイコビッチ、サビチェビッチを同時にスタメンで使い、プロシネツキも途中からプレーさせた。これらの選手をすべて使っても勝てないことを伝えたかった。攻撃的な選手を5人も使ってはダメだということをね。日本も中田(英寿)、小野(伸二)、稲本(潤一)、中村(俊輔)を使えばいいと思っているだろう? しかし、『水を運ぶ選手』も必要だ。メディアにとっては才能ある選手を使った方が記事が書きやすいだろうが、ボールを回してきれいなサッカーをしても、勝てないことが分かる」。日本での指導の最初の段階から、才能と技術だけでは勝てないと、走ることの大切さを説いていた。

 われわれメディアは、そしておそらく多くの選手たちも技術とアイディアを駆使した美しいサッカーを求める傾向は強い。しかし、それは今で言う「ハードワーク」の基礎があってのこと。まずそのことを踏まえなければ、結果を得ることはできず、強いチームは生まれない。だからこそ「まず走る」との考えを強調し、次に「考えて走る」と説き、その上で初めてテクニックが発揮されるようになると繰り返した。

 オシム監督の教えは徐々にチームに浸透し、J1でも優勝を争うチームとなっていった。そして2006年に日本代表監督に就任してからも「まず走れる」選手を選んでチームを作りながら、徐々に組織力を高めた。オシム監督は本来才能ある選手、美しいプレーが大好きなことは明らかで、その言葉の端々にもそれは感じられた。自らもそういった選手だっただけに「まず走ること」を強調するのは自らを戒めている面もあったのだと思う。前述のインタビューでも最後に理想のプレーヤーとしてヨハン・クライフを挙げ、「私の考え方、サッカーのイメージにはクライフと同じものがある」と語っていた。

 オシム監督は日本代表でのチーム作りにおいても、病に倒れる前の07年アジアカップや、続くオーストリアでの3大陸トーナメントで、中盤の後方に「水を運ぶ人」である鈴木啓太を構えさせ、遠藤保仁、中村俊輔、中村憲剛という技術と才能ある選手たちを同時に起用するようになっており、それがチームとしても機能する兆しを見せていた。

 あくまで個人的な見解だが、かつてのユーゴスラビア代表でできなかった才能ある選手を並べた強く魅力あるサッカーを、日本代表で成し遂げようとしていたのではないか。日本のタレントが旧ユーゴのタレントに匹敵する才能があるのかはさておいて、少なくとも旧ユーゴの選手たちほど、エゴが強いわけではなく、同時に起用してもチームプレーに徹することもできる。そう考えたのではないだろうか。

 それこそがオシムさんのいう「日本人の特性」の一つだろう。このチームをさらに成長させてワールドカップで戦うところが見たかった。

 冥福をお祈りします。