アルビレックス新潟に所属するDF早川史哉選手は白血病を患いながら治療に専念して、ピッチに戻ってきました。その物語を書籍として発行することになりました。共著者の大中祐二さんと編集協力の平澤大輔が語る、制作の裏側、その最終回。

書籍「生きる、夢をかなえる 僕は白血病になったJリーガー」の詳細はこちら

※この連載は本書の内容に触れている箇所もありますので、その点をご了解の上、お読みください。

◆過去の連載はこちら→第1回第2回第3回

野澤洋輔さんの言葉

平澤大輔 前回はデザインやイラストへのこだわり、思い、素晴らしさを紹介しましたが、ストーリーの方に話を戻しますね。

 これはものすごいネタばらしになっちゃいますけど、最後に早川選手の「野澤洋輔を超えます」という意思表明があるじゃないですか。それに感動してしまって。

 闘病してピッチに帰ってきて、そんな風に考えられるようにまでなったという喜びと、野澤洋輔さんを超えるという相当な覚悟の両方を感じました。これは、大中さんとの関係があったからこそ出てきた言葉ではないかと感じたのですが。

大中祐二 それはどうだろう(笑)。その6章ってなかなかまとめ方が難しくて、実はまだまとまりきっていないんじゃないかという気持ちが正直あって。最初の粗原稿の段階で平澤さんに、その言葉が響くよねって指摘してもらっていましたよね。だから、平澤さんと編集担当の本多誠さんにも、野澤さんの言葉があった方がいいんじゃないかと言ってもらって、急きょ、インタビューさせてもらったんです。

 野澤さんはその史哉くんの言葉を知らないはずなんだけど、史哉くんにバトンを渡すというか、後継者に指名するんですよね。

 この部分と最後がリンクするので、アルビレックスのサポーター以外の方にどこまで響くかは分からないですけど、サポーターの皆さんには響きまくるんじゃないかなと(笑)。

平澤 アルビレックスのサポーターではない読者の方にとってみても、ある大切な何かが次の世代に引き継がれていく、というテーマをそこから読み取ってもらえたらうれしいですよね。それこそこの本の大きな主題の一つですから。

「寛解」ということ

平澤 今回の本の内容は、白血病にかかった一人の人間が闘病し、また日常に戻っていく、しかもアスリートとして、という資料的価値というか、実録としても重要だと思っているんです。

大中 池江さんの話が核になるのでそこに立ち帰りますが、軽はずみに発言できない、なぜなら同じ白血病でも人それぞれで経過が異なっているから、ということを、経験したことのない人はあまりよく分からないと思うんです。白血病とかがんというのは、基本的に完治は存在しないというか、「寛解」といって状態が収まって安定している状態を目指す、という治療になるのですが、普通はこのことも知らないし分からないですよね。

平澤 はい、恥ずかしながら確かに私は分かりませんでした。

大中 実は僕のごく近しい知り合いが9年前にがんになったんです。そのときに、がんは「完治」ではなく「寛解」なんだ、世の中は「がんになったことがない人」と、「がんになったことがある人」に分類されるんだ、ということを初めて知って衝撃で。その女性も史哉くんと同じく、定期検診を受けて、状態を確認し続けています。その頃から自分なりに知識が増えていったんですけど、まだ知らない人に知ってほしいという思いがあります。知らないことは罪ではないんですけど、知らないままに「治って良かったね」とか「治ると信じています」という風には言わないで、病気のことが分かった上で「一緒に前に進みましょう」という空気を作る一つの力になったらいいな、という思いはあります。4章の内容に直結することでもあります。

平澤 そのリアルなところがあぶり出されるのもこの本の価値だと思います。中でも、池江選手の病気を知ったあなたがどう発信してどう行動しますか、と早川選手が訴える慟哭のくだりがあって、それは本当に重く響きました。これも主題の一つですよね。

大中 その通りですね。まさに核心の部分だと思います。きれいなストーリーで流されたくない、何かそこに釘を刺しておきたいという考え方、とらえ方は、史哉くんならではのことだし、すごく力を感じますよね。それから文脈は異なりますが、先日、全米オープンに優勝したテニスプレーヤーの大坂なおみ選手が、大会中に人種差別に抗議するために着用し続けたマスクについて優勝インタビューで「伝えたかったことは?」と問われて、「逆にあなたは何を受け取りましたか?」と問い返したとき、あ、史哉くんと一緒だ! と思いました。

平澤 まったく同じことを感じましたよ。発信するにはいろいろな方法があって、早川選手はSNSを活用していますが、この本では、繰り返しになるけれど、早川選手の周囲の人の複眼的な視点で「発信」していくという思いがあるということですよね。

大中 そうですね。それは僕が編集の仕事をやってきたことが役立っているかもしれませんね。ライターというよりは編集者の感覚で、いろいろな方の言葉を散りばめることで史哉くんの物語がグッと引き立つというか、すごく広がるというのは考えたところです。

平澤 今回、書籍というツールを使って思いを発信するという行動そのものが、早川選手が訴えていることと深くリンクする気がしています。そこに僕も少しだけですけど関わらせていただいてうれしかったです。

大中 あとは無事に発売されるのを祈るばかりです!

(連載おわり)

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大中祐二(おおなか・ゆうじ)
 1969年、愛媛県生まれ。ライター。1994年、株式会社ベースボール・マガジン社に入社し、『相撲』、『ワールドサッカーマガジン』編集部を経て、2004年4月、『週刊サッカーマガジン』(現『サッカーマガジン』)編集部の配属に。J1に昇格したアルビレックス新潟の担当となり、新潟スタジアム(現デンカビッグスワンスタジアム)の4万人を越えるサポーターの熱気に驚がく。現地取材した2002年ワールドカップに引けを取らないエネルギーに大きく心を動かされる。2週間に一度、東京から新潟に赴いてホームゲームを取材することに飽き足らず、2009年、フリーランスとなって新潟に移住。平日の練習をつぶさに取材し、週末の試合を取材して記事にする生活をスタート。以来、12年間にわたってチームの魅力を伝えようと活動を続けてきた。