明治安田J1百年構想リーグが開幕した。ヴィッセル神戸、注目の新加入選手の一人が乾貴士だ。神戸でプレーする喜び、タイトルへの意欲、そしてプロ20年目のシーズンに懸ける思いを長くチームを取材する高村美砂氏が綴る。

ゲンのいい背番号14を背負って

清水時代にも共に戦った秋葉コーチと会話する乾(写真◎Getty Images)

『J1クラブ』にこだわったのは昨シーズン、キャリアで初めてリーグ戦への全試合出場を実現できたからだ。うち、先発出場は38試合中29試合。しかも、総スプリント数ではチーム最多の530回、走行距離もチームで2番目の304.5キロを数えるなど、37歳にして充実したシーズンを過ごせたことは大きな自信になった。

「若い頃からなかなか1年を通してリーグ戦に出場することができなかったのに、まさか37歳になるタイミングでそれができて、『まだ、自分はこのステージで戦える』という気持ちにもなったし、もうちょっとこのステージで戦いたいという思いが強くなった。やっぱりレベルの高い選手たちとの対戦はめちゃめちゃ楽しかったですしね。J2リーグにも特有の難しさはありましたけど、J2リーグなら多少、誤魔化せたプレーもJ1リーグではそうはいかない。実際、1つのミスが失点に直結するとか、命取りになることも多かったし、勝つ難しさもすごく感じました。でも、そういうステージに身を置いて、レベルの高い選手たちと痺れる試合を戦うからこそ感じられる楽しさもめちゃめちゃあったんです。その面白さをもっとも味わうためにも、J1リーグで戦いたいという思いはより強くなりました」

 だから、ヴィッセルからの正式なオファーには即答だった。

「僕の中ではヴィッセルしかないと心を決めてオファーを待っていたので、ほんまに即答でした。っていうか、これだけのビッグクラブからオファーをもらって迷う理由がないですよね?! 家族にすら相談せずに答えを出しました。それは変に期待を持たせるのも嫌やったからでもあったんですけど。オファーに際して、永井さん(秀樹/スポーツダイレクター)をはじめフロント方には『ぜひ、力を貸して欲しい』と言っていただいて、こんな年齢ながら求めていただいたのはすごくうれしかったです」

 もちろん、加入の決め手には、唯一のJ1クラブからのオファーということに限らず「対戦相手として戦った時から感じていたヴィッセルの強さ、質に魅力も感じていた」。そして、その中でプレーする自分にも思いを馳せた。

「昨年、J1リーグの中でも特にヴィッセルとの対戦は、サコ(大迫)をはじめ知っている選手、レベルの高い選手がそろっていて、めちゃめちゃ楽しかったし、僕もチームもかなりテンション高く臨んだ記憶があります。秋葉忠宏監督(現ヴィッセル神戸コーチ)には、チームとしてサコをしっかり押さえることを第一に強調されていたので、その意思統一をして試合に入ったんですけど、潰そうとしても潰せないサコの凄さを改めて実感し、敵ながら『やっぱ、巧いなー』と思いながらプレーしていました。

 そのときから『サコが近くでプレーしてくれたらめっちゃ心強いやろうな』と思っていたので、こうしてチームメイトになれてマジでうれしい。もちろん、サコ以外にも素晴らしい選手がそろっているヴィッセルで、どんなコンビネーションを作れるのかも楽しみです。チームでは最年長になりますけど、僕よりキャリアがある選手もたくさんいるからこそ、ベテランとか、年齢のことは考えず、まずは既存のレギュラーメンバーや若くて勢いのある選手たちに負けないようにガツガツとプレーしながらポジション争いに加わっていくつもりですし、自分の全てをかけてチームの力になれるプレーをしたいと思っています」

 そのために意識するのは『サッカーを楽しむ』こと。今シーズンの新監督に就任したミヒャエル・スキッベ監督もキーワードに掲げる、その言葉を乾も大事にしたいという。自分らしくサッカーと向き合うためにも、だ。

「自分がプレーを楽しむとか、観ている人を楽しませるというところはサッカーをする上で一番大事にしているところ。もちろん、この世界は楽しいことばかりじゃないし、楽しめない時期もあるんですけど、これまでもそうした状況に陥ったときに自分がどうすれば楽しめるのかを考えることで見えてきたこともたくさんあったので。だからこそ、このチームでもフットボールを楽しむ姿をプレーで表現したい。ただ、プロである以上、勝ちにもこだわらなくちゃいけないとも思うので。僕自身、キャリアで一度も手にしたことのない『タイトル』を必ずヴィッセルでつかめるように、AFCチャンピオンズリーグ・エリートもJ1百年構想リーグも、精一杯頑張っていこうと思います」

 その『タイトル』とは別に、自身プロ20年目を数えるシーズンに改めてリマインドしたことがある。今春、高校1年生になる息子に言われた言葉がきっかけだ。

「35歳を過ぎて、僕自身は先のことを見過ぎずに1年1年って感じになってきたんですけど、この間、息子に言われたんです。『俺が卒業するまで現役でサッカーをやってて。俺がプロになったら一緒にプレーできるから』って。そうなると僕は最低でも40歳まで頑張らなくちゃいけないってことやし、そもそも息子がホンマにプロになれるんかもわからないんですけど(笑)。でも、その言葉はすごく励みになったし、息子と同様に自分もそこを目標に頑張ろうと思っています」

 背番号は『14』に決まった。野洲高校時代、卓越したボールテクニックとコンビネーションからゴールを陥れる『セクシーフットボール』で一大旋風を巻き起こし、全国高校サッカー選手権大会に優勝した2005年にも背負っていた背番号だ。プロになってからも日本代表やエイバル時代に背負ったことがあるものの、Jクラブでは初めての背番号になる。

「14番のときの自分は、いいイメージしかないので。選手権で優勝したときも14番だったし、W杯ロシア大会も背負っていましたしね。そのゲンを担いでヴィッセルでも『タイトル』を獲るために選びました。プロになってから背負うことの多かった8も空いていたらしいんですけど、イニエスタ(アンドレス)の後はちょっと…(笑)。いや、去年まで14番をつけていた汰木康也くん(柏レイソル)の後も重いんですよ! でもイニエスタのあとは流石にちょっと重すぎるかな(笑)」

 乾のプロ20年目は幕を開けた。このオフシーズンに初めて直面した「サッカー選手でいられなくなるかもしれない」という怖さを危機感に変えて、しかし、それをも忘れてしまうほど楽しみながら、軽やかに。

取材・文◎高村美砂[フリーランスライター]