3月18日の明治安田生命J1リーグ第5節で、アルビレックス新潟は浦和レッズに1-2と逆転されて、今季初黒星を喫した。ここまでの4試合で輝いた伊藤涼太郎のプレーがちょっとしたブームを沸き起こしてきたが、この日は沈黙。しかし、古巣を相手に封じられたことが、新潟の近未来へとつながっていく。

上写真=伊藤涼太郎は古巣の浦和との対戦で悔しさを味わった(写真◎J.LEAGUE)

■2023年3月18日 J1第5節(@浦和駒場/観衆15,167人)
浦和 2-1 新潟
 得点:(浦)酒井宏樹、明本考浩
    (新)太田修介

「次はしっかりと見返したい」

「みんな騒ぎすぎなんじゃないかと思う」と伊藤涼太郎が地元・新潟のメディアに笑って話したのは、胸をすく思いだ。

 6年ぶりのJ1で、第4節までに2勝2分けと18チーム中、唯一の負けなし。アルビレックス新潟を、そこまでの7ゴールすべてに絡む輝かしいテクニックで引っ張ってきた。それが「日本代表入りも」の期待をふくらませ、実際に3月シリーズのメンバーに選ばれなかったら今度は「どうして選ばないのか」と嘆きの声がSNSを賑わせた。

 結果が人々をより強く震わせる。そういう舞台に伊藤は立っている。だから、力を出しきれないままに去った古巣を相手に、昇り龍が「恩返し」をする、という明快な物語が用意された第5節の浦和レッズ戦は、大いに注目を集めた。

 だが、1-2の逆転負け。伊藤自身も見せ場を作ることができずに、今季初黒星を甘んじて受け入れるしかなかった。

「気持ちよりも技術でかわしていくのが新潟のサッカーなんですけど、それができなくて今日は悔しいです」

 10分に太田修介が豪快なシュートをを突き刺して幸先よく先制するが、前半のうちに逆転される。後半はうまく相手に制御されてチャンスは少なく、ふわりと布でくるまれるように勢いを消し込まれた。技術を発揮しきれなかった。

「今日のような試合で、どれだけ自分に仕事ができるか、ボールを受けるのが少ないときにも何ができるかということは、もっともっと追求していかないと。もっと厳しい戦いがJ1では待っていますし、もっともっと自分が上のステージに行くには、もっともっと練習しないといけない、と強く感じました」

 ピッチの中では、周りの選手も伊藤への警戒が強まっているのを実感していた。太田修介が言う。

「相手の両ボランチが涼太郎をケアしていたと思います。逆にそれで空いてくるスペースがあるので、そこを狙っていくことも必要かなと」

 伊藤をおとりに使うことで、周りを生かす。J2王者がJ1という舞台でそのしたたかさを身につけるためには、相応のレッスンが必要だということだろう。

 その意味では、浦和は格好の「スパーリングパートナー」だったかもしれない。前線から積極的にハイプレスを仕掛けることで、逆に新潟のテクニックとコンビネーションを引き出すことになったこれまでの対戦相手と、この日の浦和は違った。慌てず騒がず構えておいて、新潟がスピードを上げたがる要所だけを抑える抜け目のない戦いで、伊藤を、新潟を封じ込めた。

 そこで、「涼太郎に頼るばかりではなく、攻撃をする上ではやっぱり前に人数をかけなければいけない」と手を打ったのが松橋力蔵監督だった。「伊藤以外」のバリエーションを増やす策はしかし、結果につながらなかった。

 その「伊藤依存症」をわかりやすく脱却させるには、高木善朗の復帰がカギを握るかもしれない。新潟に完全移籍で加わった昨季の伊藤は、レギュラー格の高木としのぎを削って刺激を得て成長した。その高木は昨年9月に右膝前十字靭帯損傷を負傷したが、ようやくトレーニングに一部合流するまでに回復している。全治8カ月の見込みだから、夏までの復帰に期待は高まる。

 そこで思い起こされるのは、2022年のJ2開幕当初のことである。松橋監督は高木と伊藤という二つの才能を響かせ合うために、4-3-3システムでシーズンをスタートさせた。中盤はアンカーに高宇洋、あるいは島田譲を置き、高木と伊藤をインサイドハーフとして並べたのだ。このメンバーで先発したのは3試合のみで、のちに4-2-3-1に変更したのだが、机上の空論になりかねないことを考慮しつつも、夢のあるユニットだということは認められるだろう。

 浦和戦で松橋監督が「前に人数をかける」として手を加えたのは、左サイドバックに堀米悠斗を投入して高い位置で起点を作らせることだった。さらにもし、高木が帰ってきて伊藤と近い距離で相関関係を築くことができれば、「前に人数をかける」という解決策に直結する。

 もちろん、いま戦っているのはJ1の舞台であって、守備のバランスを慎重に考慮に入れる必要がある。だから、「4-3-3復活」が現実的で最適解かどうかはわからない。松橋監督が手札として忍ばせるかどうかも、高木の状態次第だろう。それでも、「伊藤依存」から「高木と伊藤の共鳴」へと昇華していくことができれば…と夢はふくらむ。

 J1リーグのおよそ7分の1が終わった時点で、昇格クラブがこの先の夢を語って許されるのも、ここまで好調で推移しているからに他ならない。勝つことの効能の一つである。伊藤も「先」を見つめている。

「次に浦和とやるときは、(ホームの)ビッグスワンでできるので、今度は僕たちが勝って、 この悔しい思いを逆に味わわせるというか、しっかりと見返したいなと思います」

 新潟が浦和を迎える第26節は、9月2日に待っている。