川崎フロンターレが8月7日に明治安田生命J1リーグ第24節で首位の横浜F・マリノスから劇的な勝利を手にした。大一番に鬼木達監督が仕込んだのは、効果的なロングパス。スタイルに反するかといえば、さにあらず。超高度な技術が必要な、このチームだからこその意味があった。

上写真=横浜FM戦で、鬼木達監督のウエアが選手のユニフォームの色と近かったため、珍しくビブスを着用して指揮を執った(写真◎J.LEAGUE)

「本来は普通のこと」

 最終ラインでボールを収めた左センターバックの谷口彰悟が顔を上げる。右サイドに開いた山根視来を確認して、一気にサイドチェンジのパスを送った。山根はマークがついていなかったから余裕を持って中を見ると、レアンドロ・ダミアンが準備していた。山根が選んだのは、意外性のあるワンタッチのセンタリングだ。DFとGKの間を通し、どちらも届かないコースに送ると、レアンドロ・ダミアンが思い切り体を伸ばしてヘッドに当ててゴール左に押し込んだ。

 8月7日の横浜F・マリノス戦。25分に川崎フロンターレが決めた先制ゴールは、序盤から組み込んでいた工夫が功を奏した。ミドルレンジ、あるいはロングレンジのパスである。

 川崎Fの攻撃は、つないでつないでつなぎ倒して、相手を動かして守備に穴を開けて突き崩すイメージだ。だがこの試合では違う距離とリズムのパスを盛り込んだ。特に、縦へ送り込むというよりは、斜め奥へのロングフィード。ジョアン・シミッチは横浜FMがハイプレスを仕掛けてきて、その代わりにできるスペースを見ていったと明かしている。

 鬼木監督は「普通のこと」と涼しい顔だ。

「狙いとしてはその方向(横方向)は持っていました。本来は普通のことですけどね。右で持っているならば左の奥、左なら右の奥、そしてゴールに近い人を見ながらサッカーをするわけですから」

 ボールをつなぐ、という言葉だけでは、近距離のパスの連続ばかりを連想しがちだが、本来は距離の問題ではなく、有効であるかどうかが判断の基準になるべきである。

「ロングパスが一か八かではなくて当たり前に普通に通せれば、有効な手段です。相手を揺さぶる意味では上手に使い分けたいし、逃げているように見えてしまったらポジティブではないけれど、相手を動かす感覚ならいいわけです」

 大きなパスでも小さなパスでも、質が高いのであればどちらも同じ効果を持つはずなのだ。「止める・蹴る」の「蹴る」はショートパスにだけ適用される技術ではないし、先制点の谷口も山根も、キックの技術の高さをボールに込めたから結果につながったのだ。

「あとは、シンプルに遠くを見ているから、相手は逆にプレッシャーに来づらくなるんです。でも、ヘッドダウンしていれば、相手のプレッシャーの対象になってきます。そこを選手が理解できれば、強みになります」

 相手を動かすのは、あるいは足を止めるのは、「見る」ことでコントロールできる。

「目線で相手が動かなければいけなくなる状況を作ることが重要で、遠くを見るのはその点でも有効だということです」

 もちろん、「そのままロングパスを蹴るだけという反省もありましたが」とミスもあった。試合後に家長昭博が語った「後ろからつなぐ安定感がまだまだ足りない。まだ慌てちゃったり、頑張るところを履き違えていたり。そこがクリアになって、みんなが頑張らずにスムーズにいくようにするのが課題」の言葉も示唆に富む。

 だから、ジェジエウのラストプレーの決勝点で横浜FMから劇的な勝利を手に入れても、鬼木監督が喜んだのは一晩だけ。「そのことは忘れて気を引き締めて」と先を見据える。10日にはセレッソ大阪とのルヴァンカップ準々決勝第2戦が待ち受ける。第1戦はアウェーで1-1。

「マリノス戦に出られなかった選手はあの試合を見て、いろいろ感じなければいけないですし、試合に出た選手もそれ以上のものを求めてやることが、それぞれの向上につながります。厳しいようですけど、矢印を自分に向けてやり続けられるのが強いチーム。それを表現したい」

「(C大阪戦では、横浜FMに勝った)粘り強さをつなげなければいけないゲームだし、タイトルに向けて大きなゲームになる」

「ビッグゲームを戦ったあとは非常に大事になると思います。ただ、そこを言い訳にしないのが強いチームの姿だと思う」

 強気な言葉がどんどん出てくる。それこそが、鬼木監督の真髄である。