大胆に若手を抜擢して躍進するサガン鳥栖は、世代交代を着実に進めているチームの一つだろう。来季に向けて、すでに大学生5人の内定を発表。立正大の孫大河はそのひとりだ。仮契約から約5カ月。関東大学1部リーグで戦う、いまの思いを聞いた。

上写真=立正大の主将を務める孫大河。大学で選手として大きな成長を遂げた(写真◎関東大学サッカー連盟/飯嶋玲子)

どこまで行けるのか挑戦したい

 3バックの中央でドンと構える孫の立ち姿は、悠然としている。冷静沈着にラインをコントロールし、奪ったボールは丁寧に味方につける。最終ラインの裏にパスを出されても、慌てることはない。188センチの長身とは思えない軽快な身のこなしで対応。関東大学1部リーグでの余裕を持ったプレーには、プロ内定者としての風格が漂う。

「初めて自分が見られるという立場になり、(内定した)当初は変に意識していましたが、いまはできることを一つずつやろうと思っています」

 目を見張るのは、左足から繰り出す正確なロングフィード。キック精度だけではなく、ボールの持ち方にもこだわっている。参考にするのは、同じ左利きのCBだという。マンチェスター・シティ(イングランド)のスペイン代表アイメリク・ラポルテ、そして今夏、鳥栖の練習に参加したときにはエドゥアルトからも細かい技術を盗んだ。

「左足だからこそ出せる角度がありますし、相手にとって、嫌な持ち方もあります」

 正智深谷高時代から技巧派CBとして鳴らし、ビルドアップには一家言持っている。ただ、大学ではその武器だけでは通用しなかった。1年目から「レギュラーを取る」と意気込んで大学の門を叩いたものの、いきなり洗礼を浴びる。試合に絡むことすらできず、悪戦苦闘する毎日。目標のプロ入りへの道には霞がかかり、一度立ち止まって自問自答した。

<自分はディフェンダーとして、必要な能力を備えているのか>

 答えは、否。18歳の孫大河は、守備能力が不足していた。課題としっかり向き合い、体も一から鍛え直すことを決意した。

「それまではずっとスマートに守ることを考えていました。でも、うまいのは二の次でいいんです。強くて、速いセンターバックを目指すようになりました」

 大学2年生のときに試合機会に恵まれない選手たちが参加するインディペンデンス・リーグ(Iリーグ)で経験を積み、徐々に頭角を現し始めた。切磋琢磨する同期たちの影響でメンタル面も成長。逆境をポジティブに捉えて、前向きにトレーニングに打ち込んだ。

「頭の中を整理できたことは大きかったです」

 3年生になると、主力の一人になったことでチームプレーヤーとしての責任感が芽生えた。サッカーとの向き合い方も大きく変化し、仲間への配慮も少しずつできるようになった。立正大で口酸っぱく言われてきた人間性を高めることもできた。

「2年生までの僕は自分さえ良ければいい、という考えでした。極端な話、左サイドを守っていれば、右サイドを破られて失点しても、俺のせいじゃないから、という感じだったので……」

 苦笑しながら当時の自分を振り返ることができるのも、変わったいまがあるからこそ。最終学年を迎えた今季は主将を務め、チームをまとめる役割を担っている。

「今年に入って、より一層意識が変化しました。いまは人のために行動ができるようになったと思います。周囲に気を配って、声をかけることもそうです。自身の軸が安定してきたのかなと」

 すっかり心身ともにたくましくなった。サッカー部の仲間と過ごす学生生活も残り3カ月あまり。大学には言い尽くせないほどの感謝の思いがある。

「心から立正に来てよかったと思っています。同期、先輩、後輩、指導陣に恵まれました。ここから恩返しするためにも1部リーグに必ず残留し、インカレ出場も狙いたい。大学のために、チームのために120パーセントの力を出すつもりです」

 結果を残すことが恩返しにつながるという。目の前のことに全力で取り組み、一歩一歩クリアしていくのが信条である。

「プロで自分がどこまで行けるのか挑戦したい」

 現在、ルーツのある韓国から生まれ育った日本への帰化申請中という。地道にプロキャリアを重ね、成長を遂げた先には大きな夢がある。日本代表のユニフォームを着ることだ。遠い将来のことはあえて多くを語らないが、22歳の青年は大志を抱き、静かに闘志を燃やし続ける。

取材◎杉園昌之