ヨーロッパで10シーズンを過ごしてきた宮市亮が、横浜F・マリノスに加わることになった。7月5日には練習に合流し、オンラインの記者会見に臨んだ。プロのキャリアはすべてヨーロッパで過ごしてきただけに、日本でのプレーは異国でのチャレンジだと話す。

上写真=宮市亮が新たな挑戦の場に選んだのが日本。「アジア・ナンバーワンになれるように貢献したい」(写真提供◎横浜F・マリノス)

サッカーができる喜び、プロ選手でいられるありがたみ

 決め手は「誠意」だったという。

 7月5日に横浜F・マリノスに加わることが発表された宮市亮。イングランドのビッグクラブ、アーセナルなどに所属してヨーロッパで10シーズンを戦い抜き、日本に帰ってきた。

 いや、帰ってきた、というよりは「やってきた」という感覚なのだと話す。

「正直、Jリーグでプレーをしていないので、僕にとっても挑戦ですし、日本に長くいなかったので異国のような感じもしているんです。チャレンジという意味で日本を選ばせてもらいました」

 中京大中京高からアーセナルへ。輝かしい未来を想像していたが、「正直なところ、アーセナルと契約したときに思い描いていたキャリアではないです」と明かす。しかし、表情が曇るわけではない。

「ただ、いま正直なところ幸せで、この10年間、引退かというときもあって、いま思い返せば苦しいこともありましたけど、それを経てサッカーができる喜び、プロ選手でいられるありがたみは誰よりも感じています。18歳の頃はそんなことは思っていませんでした。サッカーができて当たり前、健康でいることが当たり前で、ベーシックなところに感謝できない自分がいたと思います。キャリアとしてはヨーロッパで成功したとは言えないけれど、いまの自分は好きですし、マリノスに移籍してプレーする機会をいただいたので、このチームのために全力でやりたいと思います」

 アーセナル、フェイエノールト(オランダ)、ボルトン(イングランド)、ウィガン(同)、トゥウェンテ(オランダ)、ザンクトパウリ(ドイツ)でプレーしてきて、度重なるヒザの負傷で何度もピッチを離れる不運もあった。それでも、サッカーをあきらめなかった。その先に、きちんと幸せを感じることのできる心を手に入れた。それは、初めて日本のプロクラブでプレーすることになったこれからに生きてくるに違いない。

「熱心にオファーをくださって、Jリーグの草創期からあるビッグクラブという認識で、誠意に応えたいと思いました」

 ヨーロッパでキャリアを続ける気持ちもあったが、心が動いたという。フットボールのスタイルが魅力的だったことも大きな理由だ。

「攻撃的なサッカーでウイングを使って攻撃していくパターンが多いので、自分に合っていると思いますね。僕のストロングは左サイドだと思いますし、ドイツでは右でやることも多かったからどちらをやってもできます」

「試合を見ていると、ウイングにボールが渡る回数が多いので、そこでの働きが大事になってきます。ドリブルやスピードを出すことが大事かなと思います」

 自分の武器を余すことなく表現できるチームだという思いがあるのだ。

「持ち味であるスピードに加えて、10年ヨーロッパでやってきた激しさをピッチの中で示していきたいと思います。スピードは僕のキャリアの生命線ですので、自信を持ってやっています」

 8月6日のガンバ大阪戦から出場できる見込み。本人は負傷の経験から「1日1日、一つひとつのトレーニングに集中していく」と慎重に構えるが、前田大然や仲川輝人、エウベルらのスピードスターと競演する姿を想像するだけで、ワクワクが止まらない。