鬼木達監督にとって中村憲剛は、チームメート、コーチ、監督という立場で関わってきた選手だ。中村の引退発表の翌日、11月2日に鬼木監督がオンライン会見で中村との日々を語った。強く引き止めたというその行動に心が熱くなる。

上写真=中村が40歳の誕生日のFC東京戦でゴールを決めた。「本当に持ってるんだなと思いました」と鬼木監督(写真◎Getty Images)

「やっぱり純粋にサッカーを愛している」

「引き止めましたよ、かなり!」

 鬼木達監督も驚きの決意だったようだ。中村憲剛の引退についてである。

 10月23日に中村から鬼木監督に話したというが、「正直、びっくりしたのが一番の思いですね」という。理由が深い。

「というのも、名古屋戦(J1第23節)で僕は彼をスタートで使ったんですけど、そのときの感触がすごく良かったんですね。(リーグ戦で一度負けた)名古屋に対してリベンジに近いゲームで、連勝記録もかかっていてかなり注目されていたと思います。そこで、復活したばかりというか、まだ多くの試合に出ていない中でも彼を使おうという気にさせてくれるプレーを見せていて、実際にプレッシャーのある中で使ったら、しっかりと応えてくれたという思いが強かったんです。自分の中で選手が何歳になっても伸ばしたいという思いがあったので、プレッシャーの中で使おうと起用しましたが、どうかな、と思っていた不安がなくなったというか、これから(起用を)続けていくきっかけになるゲームだと思いました」

「のちに引退すると言いに来たときにその話をしたんですけど、憲剛は真逆だったんです。(引退すると決めていたので)気持ち的に逆にあそこまでやれたんだと。あれは来年に向かっていたわけではなくて、やりきるための決意だったということなんですよね。今年で引退するという思いがあったからやれたんだろうし、だから僕が使うきっかけになったのかもしれない。でも、最終的に考えていたことが違っていて、だからこそびっくりしたのが一番です」

 名古屋戦の出色のプレーの向かう先が、「今年」なのか「来年以降」なのかという点で異なっていた、というのは興味深い。

「(報告を受けたとき)最初はまず会見で言っていたような、いつからこういう風に思っていた、という気持ちを聞いて、そこで納得しなきゃいけないかなという思いが少しあったのと、でも続けてほしい思いが強くて、まだ少しできるんじゃないかという話ぐらいでした」

「その何日かあとの方が引き止めましたよ。自分で1日考えて、もう1回考え直したほうがいいんじゃないかと言いました。監督を始めたときにいつか憲剛がこういう形で引退するときがくるのではないかと自分の中で覚悟しなきゃいけないところがあって、もしそういうときが来たらいい形で送り出してあげたいとずっと頭の中にあったんです。そういう意味でどこかで準備してましたけど、でも名古屋戦の感覚もあったので、今年? いやいや今年じゃないだろう、と思って、納得しなきゃいけないんだなとは思ったけど、引き止めましたよ、かなり!」

「引き止めて(もし続行してくれたときに)後悔させたりしていいのかなという思いがあって、話を聞いて納得はしたんです。引退した身としては、仮に人に言われて続けてみるときついと思うんですよね、後悔もいっぱい出るかもしれないし。でも、それでも、言った方も後悔するかもしれないしやった方も後悔するかもしれないけど、それも人生だろうって」

 チームメートとして、コーチとして、監督として、中村憲剛という一人のJリーガーに寄り添ってきた鬼木監督が、そこまでの思いを持ち続けていたことに、心が熱くなる。

 中村が川崎Fに加入した2003年、鬼木監督は主力選手の一人としてルーキーを迎え入れた。

「華奢というか小柄でしたけど、技術がありましたからね。あとは、実は結構、身体能力が高いんですよ。ああ見えていろんな無理が効くというか、止める蹴るの部分でも、そこに止めても蹴れるんだ、と驚きました。そのころから面白い選手だなあと思っていましたね。あとはね、その頃から負けん気が強いんですよ。だからここまでできたんだと思います」

 中村とは将来についても話してきた。いつか現役を退き、その後の人生をどう生きるか。選択肢には「監督」も入っているという。

「今年だけではなくてずっといろいろな話は憲剛とはしていて、本人もそこ(監督業)に興味がないわけではないんです。あれぐらい周りが見えていてサッカーを分かっていてしゃべることができて、すべてを持っていると思います。その意味ではやるべきだなと思っていますし、いま自分が伝えられることは、今年に始まったことではなくずっと話しています」

 いままさに監督として手腕を発揮している鬼木監督から見ると、「中村監督」はどんな采配を振るうと予感するだろう。

「もちろん分かりませんけど、頭の中では戦術は分かっているから、システムにしてもいろいろとやれるだろうと思っています。でも、最終的には結局、熱い監督になるんじゃないですかね」

 そこは鬼木監督と同じ道を歩むことになりそうだ。だからこそ、中村の魅力を再発見した。

「やっぱり純粋にサッカーを愛していることが伝わるのがすごいな、と思います」

 サッカーを愛してサッカーに愛されて。フロンターレを愛してフロンターレに愛されて。鬼木監督と中村のタッグはあと2カ月でさらに素晴らしい成果を上げるに違いない。