10月18日、明治安田生命J1リーグ第23節の川崎フロンターレ対名古屋グランパス戦で、触覚デバイスを活用した視覚障がい者向け観戦体験会が行なわれた。パラ競技の普及、およびパラアスリートの可能性を広げる取り組みをリポートする。

写真◎PARA-SPORTS LAB.提供/サッカーマガジン編集部

上写真=触って試合を楽しむためのデバイス、「HAPTIC FIELD」

「試合を体感しているという体験ができました」と体験者

 Jリーグを「触って感じる」とは一体、どういうことなのだろうか。

 この日、行なわれたのは川崎フロンターレとPARA-SPORTS LAB.との協同による、触覚デバイスを活用した視覚障がい者向け観戦体験の提供である。PARA-SPORTS LAB.ではパラ競技の普及、およびパラアスリートの可能性を広げる取り組みの一つとして、テクノロジーを活用した新たな観戦体験開発も行っている。

 視覚障がい者の皆さんにスポーツを楽しんでもらえる新しい方法を、デバイスを活用して提供していく、ということだ。

 そこで開発されたのが、その名も「HAPTIC FIELD」。HAPTICとは触覚の意で、手の触覚でリアルタイムに戦況を体感できるデバイスだ。ブラインドサッカーの観戦を楽しんでもらうためのこのデバイスをサッカーに応用して、サッカー界、Jリーグとしては初めて、この試合で体験してもらったのだ。

「HAPTIC FIELD」は縦243.6ミリ、横356ミリ、高さ113.6ミリの箱のような形状で、天面にターポリンというテントの天幕と同じ素材が使われていて柔らかい。サッカーのピッチが描かれていて、タッチラインやゴールラインなどが触って分かるようになっている。

 片手でも覆えるし、もちろん両手を置いてもいいのだが、そこに突起がせり上がってきて、右に左に上に下に動くのだ。最初はちょっとくすぐったいけれど、この突起が実際のピッチでボールが動く軌跡に連動している。ラジオ放送で実況を聞くことができるようになっているので、耳からの情報と手のひらからの情報で、ピッチでのプレーの状況がより詳しく分かるというわけだ。

 今回、ご夫妻で体験した米田真由美さんは「思っていたよりも試合の内容が分かって、楽しく観戦することができました」「リアルタイムにボールの位置がパッドに表示されることが、最初は不安だったのですが、思ったよりも細かい配置で情報が出てきて、ラジオとシンクロしているので両方(ラジオと触覚)がリンクして、とても試合を体感しているという体験ができました」と楽しんだ様子だ。

川崎フロンターレ対名古屋グランパス戦で体験した米田さんご夫妻

このようにボールの動きに連動して、突起がせり上がって動く

選手も「ゲームの内容を把握することができました」

 このプロジェクトは2017年8月にスタート。19年6月、7月、12月のブラインドサッカーの大会で検証を重ねて、この日のJリーグでの体験会となった。

 メーンスタンド中央にカメラ2台を設置してボールの動きを追い、画像を解析、それを「HAPTIC FIELD」に再現するシステム。実際の試合とのタイムラグはほとんどないという。

 ほかに「KICK TAP」と名づけた振動するリストバンドがつながっている。これを腕に装着すると、プレーの種類によってパターンの違う振動が伝わってくる。例えば、左手には左から右に攻めるAチーム、右手はその逆のBチームのプレーを伝達するようにしておく。設定によって右手が長く震えるとBチームがドリブルで進んでいることが分かり、しかもピッチのどのあたりでドリブルしているかはパッドの突起の動きで分かる。さらに実況の音声やスタジアムでボールが蹴られる音や拍手なども相まって、臨場感にあふれ、より濃厚で分かりやすい観戦ができるというわけだ。

中央下にあるリストバンドが「KICK TAP」で、その上のタブレットで振動の種類などを伝達する

撮影中の画像を解析して(左)、それをデータに変換する(右)

 開発側が検証を重ねていく中で、パッド上で再現する動きをボールに特化したのは、「引き算」の考え方だという。関係者は「情報を出しすぎしまっても分からなくなってしまうので、引き算してボールの動きだけを再現するようにしました」と説明する。確かに選手22人全員の動きを再現したら、混乱してしまうだろう。

 こうして少しずつブラッシュアップしてきたこのデバイスは、観戦の楽しみを広げるという目的以外でもさっそく応用されている。その一つが、選手の競技力向上だ。

 ブラインドサッカーでは選手の背中を指でなぞることによって戦術などの情報を伝達するが、「HAPTIC FIELD」が複数台あれば、複数の選手に同時に伝えることもできる。

 今回の体験会にはブラインドサッカー日本代表の田中章仁選手も参加している。選手の立場から「実況だけよりはるかに試合の内容が分かって楽しかった」と話し、ほかにも下記のようなメリットを感じたのだという。

ブラインドサッカー日本代表の田中章仁選手も参加。手にしているのは「WOWボール」と名付けられたもので、「握る」という動作によって、空気の伝達で応援の盛り上がりや試合の興奮を直感的に共有するデバイス

「ゲームの状況を把握するときに、非常に有用だと思います」

「ラジオ実況だけだと(選手にどういう順番で渡っているかは分かるが)ボールがどうやって動いているかは分からないものですが、今回、ボールの動きが分かったのでゲームの内容を把握することができました」

 田中選手はそこからさらに派生して、プライベートの場で楽しむためにも利用できそうだと感じている。

「スタジアムでの観戦はもちろん、家での観戦にもいいかもしれません。動画サイトなどで見ているときにボールの位置が分かると、ゴールがどんな風に決まったかが分かるので、楽しいと思います」

「家でテレビ見ながらの観戦にもほしいと思いました。どうしても、テレビで見ると分からない部分が多いけれど、こうやって会場に来るとボールの音も聞こえるし面白いなと思います」

 PARA-SPORTS LAB.は将来的にはサッカーやブラインドサッカー以外のスポーツのジャンルにも横展開していきたい考えで、テクノロジーでスポーツとの関わりを深化させていく取り組みはこれからも続きそうだ。