明治安田生命J1リーグで止まることを知らない川崎フロンターレ。もちろん、快進撃の裏で苦しんだ選手もいる。稀代のドリブラー齋藤学は試合になかなか出られない不遇の時を経て、助けてくれた人のために走る。

上写真=清水戦で今季初先発してから、試合ごとに存在感を増している(写真◎J.LEAGUE)

「行ききる」という変化

「行ききる」が2020年の川崎フロンターレの姿なのだ、ということが、齋藤学の言葉からよく分かる。

「去年までだったらギアを上げて走らなくてキープするところだけど、今年は行ききろうという意識でやっているので、そういうシーンとしてよかったと思います。そこで点が取れていれば、相手が引かなきゃいけなくなって、相手の攻撃の力を半減させられますからね」

 J1第16節サンフレッチェ広島戦、32分のシーンのことだ。中央に走り込んだ齋藤に合わせて右から旗手怜央が送ったクロスを、齋藤は軽く浮かして狙ったのだが、ボールがうまく足に当たらなくてゴール左に流れていった。チャンスを失った後悔はあるものの、一連のプレーの選択が昨年とは異なることを象徴するものだった、というわけだ。

 このシーンはカウンターでの攻撃だったから数的には不利。中央に相手が3人いる中でこちらは齋藤一人。それであれば旗手は無理にクロスを上げずにボールをキープして、味方の人数が揃うのを待ってから組み立て直し、齋藤も足を止めて次のアクションに備える、という選択もできた。でもそれが昨年までの姿。しかし、2人とも迷いなく足を止めずにスピードに乗ったままゴールを目指した共通意識を「行ききる」と表現して、チームの変化を明らかにしたのだった。

 フィニッシュがミスになったのは、「長い距離を走ってオフサイドラインを見ながら入ったら、ぴったりのタイミングでボールが来て、ワンタッチで浮かせられていたらよかったけど、アイディアが出てきていること自体はポジティブにとらえている」と悔やみながらもうなずいた。ピッチでのプレーを悔やむことすら、これまではなかなかできなかったのだから。

 今季はずっと試合に絡んでいけず、初先発は8月29日の第13節清水エスパルス戦だった。それまでも5試合に途中交代しただけだった。だから「腐りかけたこともあった」と正直に告白する。「スタッフの人たちをはじめ、支えてくれました。だから、エスパルス戦では気持ちを込めたプレーができたと思います」。次の古巣横浜F・マリノス戦は後半途中の出場だったが、続くヴィッセル神戸戦、サンフレッチェ広島戦は連続先発を勝ち取った。

「紅白戦にも出られない時期があって、それまでの自分とのギャップで、どうしてこんな状況に陥っているんだと走る気持ちが湧いてこないこともありました。でも、練習で同じグループになった選手は、自分が動けないだけで迷惑になるじゃないですか。だから、みんなに迷惑をかけられないというのが、また体が動くようになった理由の一つです」

「あとは自問自答したり、本を読んだりして、昔の自分とのギャップを忘れるようにしました。いまはいまだぞ、と言い聞かせて」

「周平さん(寺田周平コーチ)、ミツさん(戸田光洋コーチ)も苦しかった経験を踏まえて、いまを捨てるといかに将来に響くか、頑張ってきたことを続けるべきだということを熱く熱く言って引っ張ってくれました。だから、そういう人の思いを持ってプレーできたと思います」

 あっけらかんとそんな風に言えるようにまでなったのだから、あとはピッチで暴れるだけだ。「リーグで点を取れていないのでアピール不足」と自分に喝を入れるが、まずは次の浦和レッズ戦で一つ決めて、残り半分のシーズンで一気に駆け上がっていきたい。