1993年にスタートしたJリーグでは、様々な特徴を持つストライカーがゴールを奪い、得点王に輝いてきた。Jリーグ得点王の活躍を振り返る新連載。第1回は栄えある初代得点王、ラモン・ディアスを取り上げる。

上写真=28得点で初代得点王に輝いたラモン・ディアス。ゴールを決めた後、両手を広げるパフォーマンスがお決まりだった(写真◎BBM)

2位に6点差の28得点

 1993年5月15日。東京の旧・国立競技場で行なわれたヴェルディ川崎と横浜マリノスのJリーグ開幕戦は、横浜Mのキックオフで始まった。

 FWラモン・ディアス(Jリーグの登録名は「ディアス」)とMFビスコンティ、アルゼンチン出身の両外国人が並び、ラモン・ディアスがビスコンティに短くつないで試合がスタート。つまりラモン・ディアスは「Jリーグ史上初めてボールを蹴った選手」ということになる。

 このとき蹴ったのは右足だったが、利き足は左足。この試合では、その左足でさっそくJリーグ初得点を決めた。1-1で迎えた59分、MF水沼貴史のシュートのこぼれ球を蹴り込んで逆転ゴール。これが決勝点となり、横浜Mは2-1で歴史的一戦に勝利している。

 母国のリバープレートで頭角を現し、82年にイタリアのナポリへ移籍。88-89シーズンにはセリエAで12得点を挙げてインテルの優勝に貢献した。アルゼンチン代表としても82年スペイン・ワールドカップに出場。79年に日本で開催されたワールドユース(現U-20ワールドカップ)では大会得点王に輝き、U-20アルゼンチン代表を優勝に導いている。

 93年に横浜Mに加入した当時は33歳、ベテランの域に入っていたものの、高い得点力は健在だった。172センチ・68キロの小柄な体格で、スピードやパワーが飛び抜けていたわけではないが、最大のストロングポイントは左足から繰り出す正確なシュート。足首を柔らかく使い、相手のDFやGKのタイミングを巧みに外した鋭いシュートでネットを揺らした。

 相手のマークを外す動き、ボールの行方を察知する予測力も優れており、開幕戦のようにこぼれ球を蹴り込むゴールも多かった。全10チームの2ステージ制で争われた同年、横浜Mはサントリーシリーズ(1stステージ)、ニコスシリーズ(2ndステージ)とも3位。年間総合でも4位に終わったが、ラモン・ディアスは全36試合中32試合に出場し、別表の通り、2位に6点差をつける28得点を挙げて初代得点王に輝いた。

 シーズン中に35歳となった94年は連続得点王こそならなかったものの、得点ランク4位タイの23得点を挙げて健在ぶりを示した。95年の開幕後に退団し、そのまま現役を引退したが、Jリーグでプレーした2年強の間に75試合出場、52得点という高いアベレージを残している。

●1993年の得点ランキング(全36試合)
1位 ラモン・ディアス(横浜マリノス) 28得点
2位 アルシンド(鹿島アントラーズ) 22得点
3位 カズ〈三浦知良〉(ヴェルディ川崎) 20得点
4位 武田修宏(ヴェルディ川崎) 17得点
5位 パベル(ジェフ市原) 16得点
 ※5位まで、所属クラブ名は当時のもの