2020年シーズン、湘南ベルマーレに加わった新戦力15名の中に、12年ぶりの復帰となった石原直樹がいる。2003年に高卒で加入してから7シーズンを過ごし、以降は大宮、広島、仙台に在籍。成熟期のいま、自身のサッカー人生をかけて、片時も忘れなかった古巣に恩返しを誓う。

上写真=石原は新体制発表で「いろんなチームで良い経験をしてきたので、プレーで引っ張って、若い選手に吸収してもらいたい」と話した(写真◎BBM)

先生になって舞い戻る

 湘南ベルマーレのオールドファンにとっては感慨深い移籍情報だろう。湘南が長くJ2に留まった低迷期の序盤、2003年に高卒ルーキーとして加入し、以降6シーズンを過ごした。特に菅野将晃監督時代の2007年、2008年はエースとして2桁得点をマークし、チームをJ1昇格まであと一歩にまで導いたが、悲願のJ1の舞台は叶わず、その年を最後に当時J1の大宮に個人昇格を果たした。

「移籍の前年もJ1クラブからオファーをもらっていたけど、ベルマーレで昇格したかったから断ったんです。でもやっぱりJ1でプレーしたいという夢もあって…。後ろ髪を引かれる思いで翌年、移籍を決意しました」

 そこからの活躍はご存知の人も多いだろう。献身的な動きと独特の得点感覚で2009年に加入した大宮では初年から主力に定着し、コンスタントにゴールを量産。2012年に移籍した広島では、ミハイロビッチ監督の後継者である森保一監督(現・日本代表監督)の下で、3-4-3システムのシャドーの役割を体得し、J1王者を2度、経験した。その後に移籍した浦和ではケガの影響で出場機会は限られたが、2017年に移籍した仙台では、3-4-3システムの動きを熟知するその経験から、いつしかサポーターやメディアから「先生」と呼ばれる存在となった。

「自分でも何で先生と呼ばれるのか分からないですけど…(笑)。でも仙台に行ってからは特に、練習の時から自分の経験を若い選手に伝えることは意識しました。3-4-3での動きは独特で難しくて、それをこなせるセンスのある選手はすぐ別のクラブに引き抜かれていくからまた翌年に一から伝え直す…。途中から『これは俺の役割じゃなくてコーチや監督のやることだな』って思ってましたけど(笑)」

 そして今年、12年ぶりにプロ人生をスタートさせた湘南に復帰が決まった。湘南を離れ、フットボーラーとして順調なステップアップを刻んできた男だが、その間、片時も湘南を忘れたことはなかったと言う。

「やっぱり無名だった自分をプロにしてくれたクラブだし、一番在籍年数も長いし、愛着がありますよ。昇格・降格を繰り返した時期も常に気にしていたし、昨季も夏場以降、低迷した時期は心配しながら見ていました。32節のFC東京戦、アディショナルタイムに同点に追いつかれたシーンも歯がゆい思いでね(苦笑)。湘南は、対戦した時も選手やスタッフが常に自分に声をかけてくれましたし、ずっと、いつかは湘南に戻りたいって思っていました」

 昨季、湘南で最多得点(5点)を挙げた山崎凌吾は名古屋に、武冨孝介は昨季途中に浦和に移籍した。続く4得点の野田隆之介は京都、3得点の菊池俊介は大宮に新天地を求めた。当然、チームはゴールゲッターの不足が心配される。

「自分の経験を若い選手に伝えるためだけに湘南に戻ったわけじゃない。当然、結果も求められているとも思っています。でも、湘南は誰かが抜けるとダメになるようなチームじゃないでしょう? 自分にできることは何でもする、それだけです」

 若いチームにあって、35歳はもちろんチーム最年長。今回の復帰には「キャリアの最後は湘南で」の思いも透けて見える。平均年齢25歳の若いチームに、酸いも甘いも経験したチーム思いの「先生」がもたらすものは、決して小さくないだろう。

取材◎老野生智明