上写真=平成2年度大会で習志野のエースとしてプレーした仲村浩二(現・尚志監督)。初戦で4アシスト、2回戦と3回戦で決勝点を挙げた。背後の選手は鹿児島実業の前園真聖
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 第97回全国高校サッカー選手権大会・準々決勝で、福島県代表の尚志が新潟県代表の帝京長岡を下し、7大会ぶりのベスト4進出を決めた。同校を率いる仲村浩二監督もかつては選手権でプレーした選手。そして、仲村監督の恩師、本田裕一郎監督も、流経大柏を率いて同じくベスト4に残っている。短期集中連載の第4回は、『センシュケン』で再会するかもしれない師弟の物語を綴る。

文◎国吉好弘 写真◎BBM

習志野高時代は監督と選手

 準決勝のカードが決まり、尚志対青森山田、流経大柏対瀬戸内となった。7年ぶりのベスト4を決めた尚志の仲村浩二監督は帝京長岡に競り勝った試合の後、青森山田との対戦への決意を語り、そしてもし勝つことができれば「おそらくですが、恩師との決勝を戦うことができます」と口にした。恩師とは流経大柏の本田裕一郎監督を指す。仲村監督が習志野高校時代にその薫陶を受けたのが、当時同校を率いていた本田監督だった。

 高校時代の仲村は天才肌のプレーメーカーで、高い技術とパスセンスを備えた選手だった。2年、そして3年ではキャプテンとして高校選手権にも出場している。3年時の第69回大会は過去最多の52チームが参加した大会だ。というのも選手権への地区予選が行われる時期にアジアユース選手権(現AFC・U-19選手権)が組み込まれ、この日本代表に選手を送り込むチームは特例として選手権への予選が免除されて本大会へ出場できる措置が取られたからだ。

 その対象が4チームあり、清水商、国見、武南とともに、ユース代表に仲村が選ばれていた習志野も本大会へ出場できたのだ。本大会でも仲村は2回戦、3回戦で決勝ゴールを挙げる活躍でチームをベスト8へ導いた。

 この頃の習志野は、本田監督が静岡学園の井田勝通監督に傾倒しており、個人技を高めてボールを保持し、確実にパスをつないで崩すサッカーを志向していた。そのサッカーに仲村のプレーはまさに適合してエースとして君臨していたのだ。そして、順天堂大に進み、バルセロナ五輪予選を戦うU-21日本代表にも選ばれてプレーしたが、卒業後は指導者の道へ進んだ。

平成2年度大会(第69回)で準々決勝に進んだ習志野。鹿児島実業に敗れてベスト4入りはならなかった

 そんなキャリアを持つ仲村監督だけに、現在尚志で実践している指導もボールを大事にするパスサッカーであるのは、うなずける。一方で、本田監督は流経大柏に移ってからは技術ばかりを追い求めても勝てないと、いっそう勝利にこだわりを見せるチーム作りに着手した。徹底したプレッシングと素早い攻撃、セットプレーを活用する現代的なサッカーを求めている。

 もし、両者が本当に決勝で相まみえることになれば、本田監督はかつての自分が求めたスタイルに近いサッカーを実践する教え子のチームと対戦することになる。それをどう受け止めるのか、非常に興味深い。

 もちろん、そのためには仲村監督が率いる尚志が青森山田という、総合力では今大会随一のチームを倒さなければならないのだが……。

第69回大会で習志野を率いて準々決勝に進出した本田裕一郎監督(現・流経大柏監督/写真左)