上写真=浦和の指揮官としての初タイトルを獲得し、喜ぶオズワルド・オリヴェイラ監督(写真◎高原由佳)

 宇賀神友弥の得点によって13分に先制したあとは、リスク管理を徹底し、高い集中力を維持。終盤、仙台に押し込まれる場面もあったが、慌てず騒がず時計の針を進め、浦和レッズは準決勝に続いて1-0で相手を退けた。この勝負強さこそ、チームを率いるオズワルド・オリヴェイラ監督が求めてきたものだった。

勝負強い浦和レッズ

 チーム状態は決して良くなかった。ケガ人を多く抱え、ベストには程遠い。その中でタイトルを勝ち取った選手たちに、指揮官は称賛を惜しまなかった。

「私たちにとって、特別なゲームになりました。昨夜、よく寝られなかったということをここに告白します。私たちにはケガ人が6人いました。通常の状況では本日、試合に関わらなかったであろう6人の選手がいたのです。そのうちの一人、マウリシオがゲームに参加することができなかった。痛みを抱えていた武藤雄樹は直前まで、出場できるかの判断がつきませんでした。最終的に彼が先発すると判断できたのは、スタジアムに着いてからでした。
 青木拓矢の場合は、鹿島戦で肘を脱臼して、本来ならこの試合に出場しなかったかもしれない。でも鹿島戦のあと、彼は24時間体制で治療して、プロテクターもつけながらプレーしました。もしかしたら本来のパフォーマンスが発揮できていなかったかもしれないですけど、手を突かないという制限がある中でプレーしました。その状態の中で前半のアディショナルタイムが2分、後半5分でしたが、100分近くプレーしてくれました。英雄的な活躍をしてくれたと思っています。そして興梠慎三も本来ならプレーしなかった状態でした。彼らは、犠牲心をもって戦ってくれたと思います。
 3人のケガ人が準決勝で出ました。それが興梠、武藤、青木でした。彼らは非常に制限された中で戦ってくれた。それも高い精度のプレーを規律を守りながら見せてくれたと思います。そういうプレーができるようにしてくれたスタッフにも感謝したい。全員が、私が与えた方向性に従ってくれたと思います」

 万全ではないながらも、戦いぶりは王者のそれだった。首尾よく先制して以降の試合運びに、一切の無駄がなかった。リスク管理を徹底し、カウンターをちらつかせ、時計の針を進めていった。
 浦和レッズにとって12大会ぶり7度目となる天皇杯優勝は、現在のチームカラーを如実に示していたと言えるだろう。徹頭徹尾、勝負に徹して戦い抜くーー。「勝ったものが強いのだ」というサッカー界の格言そのままの戦いぶり。それは、これまでオズワルド・オリヴェイラ監督が率いてきたチームのカラーとも重なるものだ。

就任当初は「選手の意欲が低下していた」

 指揮官によれば、今年4月に就任した当初は「選手の意欲が低下している」と感じられたという。ただ、連戦の真っ只中であり、すぐにチームを改革して結果を出すことはできなかった。そこでロシア・ワールドカップによる中断期間を利用して行なった静岡での夏合宿で、フィジカルの向上に努め、戦術の浸透を図り、何より選手の意欲を掻き立てることに注力した。そこから徐々にチームは上昇していく。リーグ戦は就任当初の13位から最終的に5位まで浮上。そして、天皇杯では頂点に立った。

「私たちにとって来季、ACLで戦うために、この天皇杯優勝は不可欠なものだった。浦和は2回、ACLを取っているクラブですから、ACLを戦えないという状況は避けたいと思っていました」

 指揮官のタイトルに対する強い思いが、チーム全体に伝わっていた。その伝え方こそが、オリヴェイラ監督の真骨頂と言える。選手、スタッフ、サポーターを「家族」ととらえて、同じ方向に歩ませるべく、あらゆる手を尽くす。時にはサポーターのもとにまで出向いて、語りかける。胸襟を開いて思いを伝え、結果、人心を掌握し、家族の数を増やして、導いていく。これまで率いてきたチームで見せてきたその手腕を、就任1年目から、しかもシーズン途中の就任にもかかわらず十二分に発揮した。その存在は、まさしく浦和レッズという大家族の長だ。

 この日の決勝では、最初から最後まで選手が球際で戦い、集中力を切らさなかった。準決勝の鹿島戦に続く1-0の勝利が、指揮官の就任当初のチームから大きく変化したことを示す。勝負強さが現在のチームの特長となった。

「とても幸せな気持ちです。日本での生活の中で、私は心地よく過ごすことができているし、とても良い時間を過ごすことができています。そして優勝することができて、とてもうれしい。クラブに関わった人たちに、おめでとうと伝えたい」

 ブラジルで、そして日本では鹿島で、数々のタイトルを獲得してきた指揮官、オズワルド・オリヴェイラ。浦和の『家長』として、まずは1冠を獲得した。

取材◎佐藤 景 写真◎福地和男、高原由佳