この連載では、全国高校サッカー選手権に出場し、その後Jリーガーとなった選手を当時のお宝写真とともに紹介していく。連載第9回は、第87回~89回大会編。6年連続で初優勝校が誕生し、一大会における得点記録も更新された。

上写真=左から柴崎岳、大迫勇也、大島僚太(写真◎サッカーマガジン)

群雄割拠の時代に突入

 2008年12月30日から2009年1月12日にかけて行なわれた第87回大会(08年度)は多くのゴールが生まれ、総得点数160は歴代2番目。なかでも鹿児島城西(鹿児島)は圧倒的な攻撃力で話題をさらい、6試合で挙げた29得点は首都圏開催になってから最多の数字だった。その原動力は何と言っても大迫勇也で、平山相太(国見・長崎)が持っていた一大会での最多得点記録を更新する10ゴールを記録。鹿児島城西は決勝で惜しくも広島皆実(広島)に敗れたものの、この大会の主役は間違いなく「半端ない」大迫だった。

 第88回大会(09年度)は山梨学院大附(山梨)が大躍進。初出場ながら決勝まで勝ち上がり、最後は青森山田(青森)を1-0で下して頂点に立った。青森山田は2年生で10番を背負う柴崎岳らを擁し、下馬評では青森山田が優位と見られていたが、山梨学院大附の豊富な運動量が勝利を引き寄せた。なお、初出場での初戴冠は1986年度の東海大一(静岡)以来の快挙だった。

 続く第89回大会(10年度)も初優勝ラッシュは続く。決勝は滝川二(兵庫)が久御山(京都)による関西対決。どちらかが勝っても初優勝となる大一番は、打ち合いを制した滝川二に軍配が上がった。兵庫勢の優勝は1938年度の第20回大会を神戸一中が制して以来。また、2005年度の野洲(滋賀)を皮切りに6大会連続で初優勝校が誕生し、高校サッカーが群雄割拠の時代に入っていることを改めて証明した。

◆大迫勇也

大迫勇也(鹿児島城西高校)

鹿島アントラーズ時代(2009-13)/写真◎J.LEAGUE

大迫勇也(おおさこ・ゆうや)◎1990年5月18日生まれ。第87回(08年度)選手権に出場。大会史上初の4試合連続2ゴールを挙げるなど得点を積み重ね、決勝で10ゴール目を記録。1大会での最多得点記録を塗り替えた。卒業後に鹿島アントラーズに加入すると、プロ1年目から活躍。2014年1月にドイツに渡り、現在はブレーメンに所属する。14年、18年のワールドカップに2大会連続で出場

◆谷口彰悟

谷口彰悟(大津高校)

川崎フロンターレ(2014-)/写真◎J.LEAGUE

谷口彰悟(たにぐち・しょうご)◎1991年7月15日生まれ。第87回(08年度)選手権に出場。2年時から定位置をつかみ、チーム最高成績のベスト8進出に貢献。当時は中盤でプレーし、足元の技術に優れた大型ボランチとしてプロのスカウトに注目された。卒業後は筑波大に進学し、2014年に川崎フロンターレに加入。今季よりキャプテンに就任した

◆長澤和輝

長澤和輝(八千代高校)

浦和レッズ(2017-)/写真◎J.LEAGUE

長澤和輝(ながさわ・かずき)◎1991年12月16日生まれ。第88回(09年度)選手権に出場。ハリルホジッチ監督時代に代表デビューを飾ったハードワーカーも、高校時代は技巧派として名を馳せた。3年時は名門・八千代の主将としてチームを全国に導き、大会優秀選手に選ばれた。専修大を卒業後にドイツに渡り、2017年から浦和レッズでプレーする

◆登里享平

登里享平(香川西高校)

川崎フロンターレ(2009-)/写真◎J.LEAGUE

登里享平(のぼりざと・きょうへい)◎1990年11月13日生まれ。第85、86、87回(06、07、08年度)選手権に出場。3年時は左ヒザの負傷を抱えながらも疾風のごとく鋭い突破を披露。チームは3回戦で散ったが、J内定選手の力量を示した。2009年に川崎フロンターレに加入し、今季で在籍12年目。左SBのレギュラーとして、今季のリーグ開幕戦にも先発している

◆松田陸

松田陸(立正大淞南高校)

セレッソ大阪(2016-)/写真◎J.LEAGUE

松田陸(まつだ・りく)◎1991年7月24日生まれ。第87、88回(08、09年度)選手権に出場。双子の弟・力(現・ヴァンフォーレ甲府)とともに立正大淞南高に入学し、3年時は主将を務めた。びわこ成蹊スポーツ大を経て2014年にFC東京に加入。2016年にセレッソ大阪へ移籍し、2017年のルヴァン杯&天皇杯優勝に貢献した