放射線状のパスワーク
いったい、誰をウイングに据えるか。クライフ式システムの導入にあたり、最初に直面するテーマがこれである。
クライフはバルサの監督になってから、最初の練習試合で左翼にチキ・ベギリスタインを据えている。のちに浦和レッズでも活躍した左利きのアタッカーだ。
チキによれば、その試合でほぼボールに触れず、落ち込んだらしい。ただ、試合後にクライフからこう言われて驚いたという。
「あれでいい。君が左に張っていたことで、中央にスペースができた。そこを味方が使えたからこそ良い攻撃ができたんだ」
タッチラインいっぱいに開いてボールを待てること――。それが重要な条件ということか。ボールを求めて盛んに内側に入り込み、味方のスペースを消してしまうような選手では、まずいわけだ。
ボールに数多く触って、リズムを作り出すタイプの選手には向かない。ただ、ライカールトの手元にあるのは、そんなタイプの駒ばかりだった。
さて、どうするか。
解決策はある。彼らがボールに数多く触れるような環境を整えればいい。要するに、パスワークの質を上げるわけだ。そもそもクライフ式は、トライアングルを作るのに向いたシステムを使っている。そうすればパスが回りやすいからだ。
4-3-3の実質的な構造は、4-1-2-3。左右のウイングに向かって放射線状にパスコースが用意されている。そこに技術が高く、パスの巧みな選手を優先的に並べればいい。
そこでパスワークの起点となる4-1-2-3の「1」に抜群の展開力を誇るコクを据えて、その前にシャビとダビッツを並べている。若いシャビはカンテラ(下部組織)でパス回しのイロハを叩き込まれてきた秀才だ。
一方、冬のマーケットで獲得したダビッツは「闘犬」の異名を取るファイターだが、オランダ式のパスワークには慣れている。祖国の名門アヤックスでライカールトと一緒に中盤の一角を占め、大いに名を挙げた選手でもあった。
このダビッツの加入で守備力も飛躍的に向上し、それが安定したパスワークの伏線にもなっていく好循環。それこそ、ライカールトの筋書き通りと言っていい。
こうして肝心のウイングを生かすベースが整った。あとは、最も重要な基準に従って、ウイングの人選を進めればいい。基準は単純明快。1対1で勝てる選手だ。問題はその手のタイプが、いるかどうか。バルサには、いる。それが、トップ下に据えてきたロナウジーニョだった。
広角ウイングの妙
ボールを持って前を向いたら、ほぼ誰にも止められない。それがロナウジーニョの強みだ。
それが広いスペースでの1対1なら、この男の優位は動かし難いものになる。まるでサンバを踊るように華麗なステップを踏みながら、相手ディフェンスを切り裂いていった。
左のワイドオープンから面白いように仕掛けるロナウジーニョの姿は、まるで水を得た魚。トップ下という窮屈な「檻」から解放されて、高い潜在能力がフルに引き出されることになった。
クライフ式への回帰が吉と出たが、指揮官は両ウイングの活用に独自のアイディアを盛り込んでもいた。選手たちを、利き足とは逆のサイドで使ったことだ。
クライフ式では原則的に左利きを左翼で、右利きを右翼で使う。縦に突破し、ゴール前へ折り返すのに都合がいいからだ。
「縦に抜いてからのクロスこそ、最も得点になる確率が高い」
それが、クライフの考え方だった。縦に運んだボールを横から入れる「直角のウイング」を求めているわけだ。弟子の発想は違った。ゴール前へ対角線上に切れ込み、シュートも狙う「広角のウイング」に価値を見いだしていた。利き足と逆のサイドなら、斜めに構えたときにプレーの角度が広がり、選手たちは多くの選択肢を持てる。
これは、ハンドボールの発想に近い。外から中へ切れ込んで得点を狙いやすいように、利き手とは逆のサイドで有力なアタッカーを使っているからだ。
じゃあ、縦に抜いて、クロスを入れる仕事は誰がやるのか。後ろから攻め上がる両サイドバックに任せてしまえばいい。これによって、ワイドオープンからの仕掛けがより多彩になるわけだ。
実際、ライカールトは右利きのロナウジーニョを左翼、左利きのルイス・ガルシアを右翼に据えている。クライフは「あまり好ましいことではない」と否定的だったが、ライカールト政権下においては絶大な効果があった。
オフにL・ガルシアが退団し、左利きのアタッカーが不在となったが、すぐに有望株が台頭してくる。それが、若き日のリオネル・メッシだった。
広角ウイングに活路を見いだした新生バルサは翌年に、スペインリーグの覇権を奪還。翌々年夏には、ヨーロッパ最強クラブを決めるチャンピオンズリーグを制し、黄金時代を築くことになった。
その間、FWのエトオやMFのデコといった役者もそろい、美しく勝つバルサの戦いぶりが見る者を魅了する。そして、その中心にいたのは、広角ウイングの申し子たるロナウジーニョだった。