日本サッカーの出来事を筆者の記憶とともに紹介する月イチ・コラム「Back in the Football Days」。12月編は、Jリーグのチャンピオンへの視線。最終節でFC東京を破って優勝した2019年の横浜F・マリノスを見て、初Vの記憶が蘇ってきた。

守備のチーム

マリノスは第1戦をビスコンティの得点で1-0、第2戦も井原の得点で1-0の勝利を飾った(写真◎J.LEAGUE)

 マツ号泣

 ヤマも

 チャンピオンシップの取材ノートを開くと、12月6日の第2戦が終わって優勝が決まった直後にまず書き殴ってあったのがこれだった。マツとはDF松田直樹、ヤマとはFW山田隆裕のことだ。

 この年、前橋育英高校から加入したばかりの松田がいきなり開幕戦で先発デビューしたのはビッグサプライズ(同じく高卒ルーキーだったボランチの窪田龍二も一緒に先発で初出場)。すでに日本代表でもあった山田も重用されたし、日産時代から長くゴールを守り続けてきた松永成立に代わって、プロ2年目の川口能活がレギュラーとなったのもこの年で、ソラーリ監督の積極的な若手起用はチーム変革の象徴だった。

 松田はこのチームのもう一つ象徴として考えられていた。それは「守備のチーム」。特に早野監督がチャンピオンシップに向かうチーム作りを進める中で、井原、小村徳男という日本代表センターバックとともに最終ラインを引き締めるのに、年齢は関係なかった。難攻不落の3バック。派手な攻撃サッカーでJリーグを引っ張ってきたV川崎とは対象的なチームカラーだった。

 もちろん、横浜Mも攻撃のタレントを擁していて、チャンピオンシップでは遠藤彰弘、山田、鈴木正治、安永聡太郎といった若手が勇躍した。第2戦ではエースのメディナベージョを負傷から復帰させた。それでもなお、守備のチームと評価されていたのは「攻めの読売対守りの日産」のころからの伝統でもあり、日本を代表するメンバーが守備陣に名を連ねていたからでもあり、V川崎の3連覇を阻止するミッションとして「攻撃的な守備」で2試合を組み立てていく早野監督のゲームプランがあったからでもあった。

 そして、もう一つ。その守備戦術を具現化した2人の男の存在がある。

チャパとカリオの誇り

 3バックの一角、小村は猛攻に耐えたチャンピオンシップを終えて「守りすぎて疲れました」と苦笑いしたが、この2試合のプランは井原によればこうだ。「カズもアルシンドも、くさびのパスも受けられるし、DFの裏も狙える選手。だから中盤のチェックを厳しくしてパスを出させないようにする」

 相手の強力FWを無力化するためには、パスの出どころを徹底して消す。ベーシックな戦法ではあったが、それを2試合、180分を通して実行するには小村の言う「守りすぎ」なぐらい守る必要がある。特に嫌なところにボールを配ってくるビスマルクと北澤豪、第2戦で負傷から戻ってきたラモス瑠偉らを徹底してつぶさなければ。

 迎え撃ったのは、グスタボ・サパタと野田知だった。

 アルゼンチンの名門リバープレートで主将を任されたこともある人格者の「チャパ」ことサパタ、柔和な顔からは想像しにくい激しいタックルで中盤の門番となっていた「カリオ」こと野田。2人が見せたのは、それぞれがマーカーを決めてべったりと守る方法ではなく、「中盤でビスマルクと北澤が裏に出してくるから、サパタとの連係で止めろという指示だった。そこの関係はうまくできた。お互いに堅かった」と野田が振り返ったコンビネーションディフェンスだった。

 その結果、サパタは「引き気味になって守備を意識した。最初からそうで、それを続けただけ。ヴェルディはイライラしていて、こちらはやろうとしたことができた」という実感を口にしている。特別なことをしたわけではない、という誇りに満ちていた。

 このようにして「新しいチャンピオンが生まれた」。そのことを当時は歴史的と表現したわけだが、面白いのは何も攻撃的なサッカーに限ったものではない、という視点を授けたことも歴史的だったのではないかと思う。

 それまでのV川崎も(もちろん2019年の横浜F・マリノスも)鮮やかな攻撃のビジョンをピッチに描いて美しき勝者として讃えられている。でも一方で、タイトな守備とカウンターの鋭さの中にも面白みや凄みがたくさんあって、それはどうしても派手さに欠けるので見つけるのは少し難しいかもしれないけれど、守備をベースにしたサッカーに魅力はないという思い込みを突き崩すに足りる、という意味で、だ。少なくとも私にとっては、どんなチームであってもゲームモデルの意味を考えながらちゃんとサッカーを見るように、と教えてくれた、大切なチームだった。

 マツやヤマのような、飄々として少し斜に構えているような若者たちが、本当は心に熱い思いをたぎらせていて、不器用だからそれをうまく表現できないけれど、とめどなく涙を流してしまうほどの純真も隠し持っている、という「見えないドラマ」の尊さも含めて、多くを学ばせてもらったな、と改めて「95マリノス」に感謝している。

文◎平澤大輔(元週刊サッカーマガジン編集長) 写真◎J.LEAGUE

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