写真は1999年12月4日に行なわれたチャンピオンシップ第1戦、磐田対清水の試合開始直前。磐田の中山雅史と清水の澤登正朗(写真◎J.LEAGUE PHOTOS)

 Jリーグの創設25周年を記念して、その歩みを取材してきた記者が振り返っていくコラムは9回目。Jリーグによって社会的に知られるようになった概念の一つに「ダービーマッチ」が挙げられるが、この「舞台装置」を心の底から堪能することができた忘れられないゲームがある。1999年の冬の話。

文◎平澤大輔(元サッカーマガジン編集長) 写真◎J.LEAGUE PHOTOS

「エンターテインメントを提供する公共財」の時代に

 問題。

 みかん。天地人。けやき。この言葉に続く共通の単語は?

 Jリーグファンならすぐ分かるだろう。

 答えは「ダービー」。

 ご存知の通り、それぞれが示す対戦カードは順に、みかんが特産の地を本拠にする清水エスパルス対愛媛FC、「天地人」は大河ドラマの主な舞台になったモンテディオ山形対アルビレックス新潟。「けやき」はともにけやきを市の木としている町田ゼルビア対ジェフユナイテッド千葉。

「ダービーマッチ」とは、イギリスのダービーという町の二つのライバルクラブによる激しい戦いが由来とされ、このような定義がある。

――同じ都市や町に本拠地を置くチーム同士の対戦。ロンドン(イングランド)のアーセナル対トットナム、マンチェスター(イングランド)のユナイテッド対シティ、グラスゴー(スコットランド)のセルティック対レンジャーズ、マドリード(スペイン)のレアル対アトレティコ、ミラノ(イタリア)のミラン対インテルなどが有名。ライバル意識が強く、サポーター同士も対抗意識を燃やし、激しい試合になることが多い。また、拡大解釈して、近郊の都市のライバルチーム同士の対戦でも、ドイツのハンブルガーSV対ブレーメンを「北部ダービー」、バイエルン・ミュンヘン対シュツットガルトを「南部ダービー」と呼んだりする。さらにレアル・マドリード対バルセロナを「スペイン・ダービー」、インテル対ユベントスを「イタリア・ダービー」などと言うこともある――
(弊社刊『サッカーマルチ大辞典改訂版』より)

 J1、J2のクラブでは、同じ街にあるという点では(2018年におけるカテゴリーの違いはさておいて)、横浜F・マリノスと横浜FCの横浜ダービー、浦和レッズと大宮アルディージャのさいたまダービーがある。

 エリアを広げていけば、東京ダービー(FC東京対東京ヴェルディ)、千葉ダービー(柏レイソル対ジェフユナイテッド千葉)、神奈川ダービー(川崎フロンターレ、横浜F・マリノス、横浜FC、湘南ベルマーレのそれぞれの対戦)、大阪ダービー(ガンバ大阪対セレッソ大阪)と都府県レベルの組み合わせがある。これに地域レベル(サガン鳥栖やアビスパ福岡などの九州ダービー、ベガルタ仙台やモンテディオ山形などの東北ダービー、ほか)も加えるとかなりの数になる。強豪決戦として、ヴェルディ川崎対横浜マリノス、鹿島アントラーズ対ジュビロ磐田、浦和レッズ対ガンバ大阪を「ナショナルダービー」と呼んだ時期もあった。

 さらなる拡大解釈の賜物として、なんらかの共通点を見出してそれをフックにダービーマッチを名乗る組み合わせがある。冒頭の3つには特産、歴史、意匠に焦点を当てることで対戦を意図的に盛り上げる効果がある。街も都県も別でありながら、「隣り合わせのエリアが多摩川によって分断されている」ことを逆手に取って結びつけたFC東京と川崎フロンターレの「多摩川クラシコ」は、積極果敢なプロモーションもあって、いまではすっかり定着している。今年実現した、それぞれ被爆地をホームタウンとするサンフレッチェ広島とV・ファーレン長崎による「ピースマッチ」もその一つと言えるかもしれない。

 純度の高いサッカーファンからすれば、まさしくダービーという町で起こったような自然発生的なライバル物語を好むかもしれない。ただ、プロスポーツは複合的なエンターテインメントを提供する公共財という位置付けにあることを強く求められる時代だ。だから思うのは「いいぞ、もっとやれ!」である。「作られたダービーマッチ」であっても、本気で作るなら、人々が笑顔でスタジアムに足を運ぶ大きなきっかけになるはずだからだ。

Jリーグの頂上決戦で実現

 私は幸運なことにたくさんの試合を取材させてもらっているが、ダービーマッチと聞いて忘れられないゲームがある。あえて上に書かなかったからお分かりだと思うが、清水エスパルスとジュビロ磐田の静岡ダービーである。それも、1999年12月に行なわれた、まさしく頂上決戦たるチャンピオンシップの2試合だ。

 陳腐な表現で申し訳ないが、あの試合は、感動した。

 長く日本サッカーの中心地として君臨してきた「王国・静岡」に城を構える二つのチームが、ついに日本一を争ってしのぎを削るのだ、という舞台設定からして胸に迫るものがある。魂をまるごとむき出しにして真正面からぶつけ合う選手の気迫に圧倒されたのも理由だ。

 加えて、これでもかというほどに「誰かと熱く語り合いたくなる話のタネ」が散らばっていたことが、感動の根っこにある。挙げればきりがないが、引っ張り出してきた当時の取材ノートをめくりながらいくつか記してみる。

・磐田はリーグ戦ではファーストステージで優勝しながら、セカンドステージは12位。年間総合勝ち点では6位。ただ、このチャンピオンシップの前にアジアスーパーカップを制していて、「アジアナンバーワン」の称号を胸に登場した

・清水はファーストステージ3位でセカンドステージで優勝。しかも年間総合勝ち点は65とダントツの最多勝ち点を獲得していた

・試合方式、優勝決定方式が複雑。「ホーム・アンド・アウェーの2試合制」「90分で勝敗が決しない場合は前後半15分ずつの延長戦を行う。しかも、どちらかにゴールが決まった時点で試合が終わるVゴール方式」「90分勝利=3、延長戦での勝利=2、引き分け=1、負け=0の勝ち点が与えられる」「2試合終了時点で勝ち点が上回ったチームが年間チャンピオン」「勝ち点が同じ場合、2試合の得失点差で上回ったチームが優勝」「得失点差が同じ場合は、第2戦終了後にPK戦で勝敗を決する」。これがドラマを生んだ。

・決戦前には、勢いに乗る清水優位の声が多く、しかもMFアレックスのあまりの絶好調ぶりに彼の大会になるとも目されていた。磐田がどう抑え込むかに大きな注目が集まった

・磐田がホームの第1戦で刺客として送り込んだのは右SB安藤正裕。その3カ月前まで清水に所属していたという因縁があり、アレックスの対面に置いた。さらに俊足の左CB鈴木秀人をアレックスに近い右CBに回した上に、ボランチに服部年宏のほか、同じく直前に獲得した三浦文丈を並べて中盤を締めた

・この結果、Vゴールによって磐田が2−1で勝利。安藤がアレックス封じに成功しただけでなく、右サイドからの鋭いクロスでFW中山雅史のダイビングヘッドを導いて先制アシストを記録した(30分)。なお、34分に清水がMF澤登正朗の得点で同点に追いついたが、延長戦に入って98分に中山がPKを決めている

・清水がホームで90分以内で勝てば優勝という第2戦だが、予想をはるかに超える壮絶なゲームに。磐田が34分に服部の見事なミドルシュートで先制した上に、すぐあとの35分には、清水のアレックスがファウルで倒された際に磐田の三浦の腹を蹴りつける報復行為で一発退場に

・異様な事態が招いた興奮が冷めやらぬ中、清水はこのファウルで得たFKを、澤登が直接ゴール右に沈めるという鮮やかすぎる一発で同点に追いつく。これで吹っ切れたのか、1人少ないはずの清水が主導権を握り続ける

・1−1のまま、またも延長戦へ。96分に清水が投入したのが、チーム創設メンバーのFW長谷川健太。この地元出身スターが敵陣で相手を追い詰めてボールを奪ったプレーがきっかけとなり、長谷川とDF堀池巧とともに「清水三羽烏」と呼ばれたMF大榎克己(86分に投入されていた)が技巧的なスルーパス、これを68分からピッチに立っていたファビーニョが叩き込むという、交代選手3人によるVゴールで勝利を収めた。ともに「勝ち点2」となり、勝負の行方はPK戦へ

・確実に決めていく磐田の選手に対し、清水はこの日のMVP的存在のMFサントスが2人目で登場しながらGK尾崎勇史に止められると、延長戦ではその右足でVゴールをもぎ取ったファビーニョが、4人目で外すという幕切れ。PK戦4−2で磐田が年間チャンピオンに

 残念なことに、私はどちらのチームの担当記者でもなかったし、静岡に親戚縁者のいる身でもなかったので、スタジアムの記者席に座って「当事者」とは別の視点でピッチを見ていた。とはいえ、あれだけの興奮と熱気に当てられないわけはない。その結果として、「これぞニッポンのダービーマッチ」という基準を授かった気がするのだ。それは大きな宝物だ。

 試合後、清水のスティーブ・ペリマン監督は記者会見で大会を振り返って「tragedy」と言った。悲劇、である。

 確かに、年間最多勝ち点を誇るクラブが、ルールの矛盾に翻弄されながら死闘をくぐり抜けた末にPK戦で力尽きる、という結果は、清水に関わるすべての人にとって悲劇だった。でも今回、当時の取材ノートに書きなぐったペリマン監督のこんな一言を見つけて、福音にも思えた。

「プライドを持って、自信を持ったまま負けたのがよかった」

 あのとき、彼らは涙を隠さなかったが、胸を張っていた。いまさらこんなことを言われても誰も喜ばないだろうが、あの清水エスパルスは本物のgood loserだった。

 あれから19年。J1リーグにおける48度目の静岡ダービーが、10月7日、日曜日に迫っている。