8月23日に川崎フロンターレと浦和レッズがAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の準々決勝を戦う(第1レグ)。そこで、2008年にガンバ大阪を率いて日本人監督として初めてACLを制した西野朗・日本サッカー協会技術委員長に話を聞いた。ACLの難しさと醍醐味を知る西野氏には、昨今のACLはどう映っているのか?

問われているモチベーション

ACLに初めて挑んだのは2006年。ガンバ大阪の指揮官となって5年目のシーズンだった。前年にはJリーグで初優勝を果たし、クラブに初めてのタイトルをもたらしていた。未知の戦いの場ではあったものの、指揮官として「自信はあった」という。

「いろいろと経験を重ねてチームの財産を蓄えていく中で、ACLでも戦えるのではないか、という思いもありました。(チームにそれだけの)地力は付いているだろう、と」

だが、初挑戦はグループステージ敗退に終わる。いま振り返れば、当時はまだACLを戦う『準備』が整っていなかった。

「Jの1試合に比べて、ACLの1試合に対するエネルギーの注ぎ方がそこまでではなかった。ACL優勝をイメージすることもできませんでした。例えば、『目標は?』と問われれば、選手はまず『Jリーグ優勝』と答えました。ACL優勝も、という発想にはまだなっていかない。私だけがシーズン前に『日本の代表としてACLで果敢にチャレンジしたい』と答えている状況でした。(それは)クラブを取り巻く雰囲気が、はっきり言えば、国内でのACLのステータスが低かったのだと思います」

それが大きく変わったのは、ガンバ大阪が初出場を果たした翌年、2007年に浦和レッズがアジア王者の称号を手に入れたからだった。

「レッズがACLに果敢に挑戦してACLに優勝した。そしてCWC(FIFAクラブワールドカップ)での彼らの戦いを目の当たりにしたことで、日本のサッカー界全体が変わっていった。(あのときに)世界にチャレンジするということがはっきり見えたのだと思います。当時、ガンバ大阪と浦和レッズの対戦はナショナルダービーとも言われていた。その相手がACLに優勝してCWCを戦った。われわれはまた別のスタイルでチャレンジしたいと思うようになりました」

日本のサッカー界全体も、06年とはACLに対する力の入れ方が変わり始める。迎えた2008年、ガンバ大阪は前回とは異なり、並々ならぬ決意をもって大会に臨んだ。その結果は周知のとおり、ホームで負けなし、アウェー全勝でアジアの頂点に上り詰める。しかも掲げた目標である「別のスタイル」を貫いて。

「自分が抱えている選手たちを見たときに、別のスタイルのほうが力を発揮できるし、中盤にタレントが多かったのでチャンスを多く作ることができると考えて攻撃的なスタイルを作り上げていた。その攻撃的な部分で相手を完全に凌駕してタイトルを取りたいと思っていました」

あれから9年の月日が流れたが、西野ガンバ以降、日本のクラブはACLを制していない。この状況についてはどう感じているのか。 
  
「まず、07年と08年に日本のチームが優勝したことで各国の力の入れ方が変わったというのが大きい。その上で、いま問われているのは、日本のクラブがACLやCWCに対してどれほどのモチベーションを持っているのか」
「ACLの価値自体はますます高まっているし、世界にチャレンジできる道でもあるわけです。昨年、鹿島がレアル・マドリードに対してあれだけ見事なパフォーマンスを見せた。ほかのJクラブが何も感じないわけないでしょう」

西野氏が期待しているのは、2008年以来のアジア王者誕生だ。準々決勝でJクラブ同士が潰し合うことは残念ではあるものの、ポジティブにとらえれば、アジア4強にJクラブが1つ残るということでもある。

頂点を目指す権利を得るのは、川崎Fか浦和か――。現時点でリーグ戦の上位にいるのは川崎Fだが、国内リーグの順位がそのまま反映しないのがACLでもある。2008年のガンバ大阪も、公式戦10戦未勝利など苦しい時期を過ごし、リーグは8位と低迷しながら、アジア制覇を果たした。予想は難しいが、重要なのは「意欲と貫く決意」と西野氏は言った。

川崎Fが勝って頂点に立てば初めてのアジア制覇。浦和が優勝すれば10年ぶりの戴冠。第1レグは川崎Fのホーム・等々力競技場で8月23日に行なわれ、第2レグは浦和のホーム・埼玉スタジアムで9月13日に開催される。

※サッカーマガジン9月号では、ACLの戦いぶりを振り返り、醍醐味を語り尽くす西野朗氏のインタビュー完全版を掲載しています。

(取材◎佐藤 景/写真◎福地和男)